この季節の光と風を、からだとこころで思いっきり味わい尽くそう!
自然はなんとすばらしく 輝いていることだろう!
太陽がきらめく! 野原は笑う!
どの枝からも 花々が飛び出し 灌木の茂みからは 千もの歌声が響いてくる
そしてどの胸からも 歓喜と至福があふれてくる
大地よ 太陽よ! 幸福よ 愉悦よ!
これは、ドイツの作家ゲーテ(1749~1832年)が著わした『五月の祭(飯吉光夫訳)』という詩の一節です。
これを読んだとき、少し不思議な気がしました。なぜなら、5月という季節への賛美は、四季を明確に区別できる日本人特有の感じ方だと勝手に思い込んでいたからです。
でも調べてみたら、日本ほどはっきりとした四季の区別はないまでも、ゲーテの居たドイツ然り、世界のいたるところに四季という概念はありました。
そういえば、昔よく聴いたシャンソンのなかに『5月のパリが好き』という歌があったのを想い出しました。
歌手で俳優のシャルル・アズナヴールが、1956年に発表した歌です。
久しぶりにその曲を聴きながら歌詞の日本語訳を見たら、〝私は5月のパリが好き〟とはじまって、ゲーテの詩のように〝新芽が生まれ、古都パリの街が輝き、古い屋根にも太陽の光が差し込む〟といった5月の美しい情景が綴られていました。
ちなみにフランスは温暖な気候を持つ国ですが、やはり四季の移ろいを明確に感じるそうです。
その季節をどう受け止めるかということは、どこの国に居ようとも、要は人それぞれの感受性の問題なのかもしれません。
さて、5月のにじいろワークショップのテーマは「5月の太陽の光とさわやかな風とあそぶ」です。
にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生は、今回のテーマについてこう話してくれました。
「5月の、まさにいまでしか体感できない光や風といった、この季節ならではの自然をからだとこころで思いっきり味わい尽くしてもらいたい。それがこのテーマの趣旨です」
屋外→屋内→屋外と移動しながら、カラーのポリ袋1枚で5月を体感
今回はテーマに沿って、屋外でのワークショップとなりました。
年中・年長クラス共に、最初は屋外(当園駐車場)に集合です。
ただし、今回は作品づくりのために一度いつものホール(園舎内)に入らなければなりません。
したがって、最初は屋外→次いで屋内→再び屋外へ、と慌ただしく移動することになりました。
限られた時間内に行ったり来たりと手間のかかる移動ですが、どうやら子どもたちにはそれさえも楽しみのようです。
早速ですが、今回の主役となる素材は、赤・青・黄・オレンジ・紫・緑・・・とカラフルな色のポリ袋のみです。
まず集まった屋外では、そのポリ袋を子どもたちひとり一人に配り、それぞれ自由に遊び回ることからはじまりました。
ポリ袋を両手につかみ、マントのように身にまとって走り出す子どもたち~そのまま風に乗って、大空に舞い上がりそうです。
なかにはファッショナブルに腰に巻きつけて、最新のモードを気どる子もいました。
それから頭上に力いっぱいそれを放り上げ、まるで生命を持った生き物のようにひらひらと宙を泳いでいくその姿を追いかけまわす大勢の子どもたち。
またポリ袋を太陽にかざして足元に視線を落とし、ポリ袋の色を光が透過して地面にその色を映し出すさまを眺めては歓喜する子どもたちも。
この日の気候は、まるで誰もが思い描く5月を象徴するかのように、降り注ぐ太陽の陽射しは寒からず暑からず、流れゆく風もすがすがしく、子どもたちの気持ちを盛り上げるのには充分すぎるものでした。
思い思いにひと通り遊んだ後は、一旦園舎のホールへ入り、子どもたちそれぞれが手にしたポリ袋を、ひとつの大きなシートになるようセロハンテープで貼り合わせていきます。
年中クラスの子どもたちは慣れない手つきながら、真剣にポリ袋を一枚一枚貼り付けていきました。
年長クラスお子どもたちはさすがに手慣れた様子で、一枚一枚をていねいに貼り合わせていきました。
その貼り合わせて仕上げた大きなポリ袋のシートを持って、さあ、最後にもう一度屋外に出ましょう。
大きなポリ袋のシートを光が覆いつくし、波打つ大海原が出現!?
仕上がったシートは想像以上に大きくて重く、ヨットの帆のように全面で風を受けて飛ばされそうになるので、広げるだけでも大変な労力が必要です。
そこで、子どもたち、保育士、先生も一緒に、全員の力を合わせてひとつのシートを広げました。
みんなで広げた大きなポリ袋のシートには太陽の陽射しが注がれ、光のかたまりがシート全面を覆い尽くしてしまったかのようにきらきらとまぶしく輝いています。
また流れる風にあおられて、波のように動き出す大きなシートを眺めていると、目の前に太陽光に照らされた大海原が現れたように感じます。
そして地面に目を移せば、透過された光に映るポリ袋の色彩があちらこちらにモザイク柄となって見えます。
どの色彩も風の動きに合わせて、ゆらゆらと踊っているかのようでした。
実は、年長クラスのシートは、年中クラスのつくったシートもつなぎ合わせていたので、2倍の大きさになっていました。だから、重さも2倍だったので持ち上げるのも大変でしたが、風にたなびくその波のような動きも、地面に映る色彩も2倍楽しんだということです。
ワークショップが終了したあと、当園の2階から駐車場に通じる外通路・外階段の途中にある遊具に大きなポリ袋のシートを飾りつけることにしました。
先生を先頭に、園長と主任保育士の三人はあれこれ悩みながらも、なんとか飾り付けに成功しました。
これなら、年中・年長クラスの子どもたち以外のたくさんの園児らが見て、触って、楽しめます。
それにこうしてみると、ちょっとしたインスタレーション体験も味わうことができて、いつもの園庭が美術館になったようです。
芸術において重要なファクターである「光と風」へのこだわり
松澤先生は、今回もそうですが、今までをふり返っても自然の「光と風」にこだわってきました。
その真意を直接先生に尋ねたことはありませんが、アートにとって「光と風」はもっとも重要であり、多くのアーチストは永い年月をかけてこのテーマに取り組んできたといっても過言ではないでしょう。
例えば今回のワークショップを通して真っ先に想起したのは、バロック絵画の巨匠・レンブラント(1606~1669年)のいくつかの作品と、それを裏付けした「光と影は、私の絵画の魂である」という言葉です。
また印象派の画家クロード・モネ(1840~1926年)も「光は私の最も重要な主題であり、私の絵のすべてを決定づけるものだ」と言って、数多くの作品を残しています。
つまり〝光〟は、過去現在に関わらず芸術(特に絵画)において非常に重要なファクターであるということです。
話しは逸れますが、寺院や教会などで古くから見られる「ステンドグラス」などは、建築的な要素が強いですが、あきらかに〝光〟による芸術です。太陽の陽射しが透過されて描かれたそれは、もはや美しいアートの領域です。
そう、今回子どもたちが体験したポリ袋の色が陽射しによって透過され、その色彩が地面に美しく映って見えたのはこの「ステンドグラス」と同じ原理です。
また〝風〟についても、先に名前を挙げたクロード・モネの「日傘をさす女性」という作品がありますが、明らかに絵の中に〝風〟を感じます。
と、ここでまったくの余談をひとつ・・・宮崎駿のジブリ作品『風立ちぬ』(2013年)のなかで、ヒロイン菜穂子がイーゼルを立てカンバスに向かって絵を画いている場面があるのですが、これを観た時、全体の構図といい、雰囲気といい、このイメージはモネの「日傘をさす女性」に触発されたのでは?と思ったのですが、真相は知る由もありません。
話しを戻しますが、この〝風〟が顕著に描かれている作品はなにも西洋画ばかりではありません。日本を代表する浮世絵の世界にもあります。
歌川広重の「六十余州名所図会・美作 山伏谷」や「東海道五十三次 四日市 三重川」という作品は、画面いっぱいに強風の様子が描かれています。浮世絵のなかには〝風〟を可視化した傑作が多く見られます。
簡単かつ単純な事例しか示せませんが、これらのことからみても、先生が「光と風」にこだわる理由が見えてくるような気がします。さらに言えば、そうした背景をしっかり抑えて子どもたちに指導しているということもわかります。
それは、対象者がどんなに幼い子であっても、また子どもがそのことを理解できなくとも、常にアート的な観点からまやかしではない真実を、あそびというオブラートに包みながらも真摯に指導をしているということです。
いずれつながっていくだろうアート的な思考や生き方を、小さいうちからきちんと体感していくことがどれほど大切なことか、それを先生は十分に理解しているからだと思います。
先生のワークショップに参加していると、ふいに若いころ通っていた美校時代の学びを想い出します。何十年も年月が経って、ようやく当時の答え合わせができたようなことや今更ながらに気づくことも多くあります。
こんな私でさえそうなのですから、いまの年中・年長クラスの子どもたちなら、きっと、いつか、どこかでふいにワークショップで体験したこと、感じたことを想い出すでしょう。その時に、はじめて今のワークショップの意味を知ったとしても、決して遅くはありません。その時が、次へのステップになるタイミングとなれば。
written by OSAMU TAKAYANAGI