
アメリカ先住民の住居〈ティピー〉を模した、子どもたちの〈ひみつの家〉
はじめに「ティピーテント」という言葉について記しておきましょう。
キャンプに精通している方なら不要な説明ですが、キャンプ体験者であっても自ら道具をそろえてまで出かけるほどでなければ、案外耳慣れない言葉かもしれません。
簡単に言えば、それはキャンプのときに用いるテントの一種です。

もう少し詳しく言えば、アメリカ先住民の〈ティピー(tipiまたはteepee) =移動用住居〉をモデルにした円錐形のテントのことを指します。
それは中央に1本のポールを立てて設営する「ワンポールテント」というもので、設営が簡単で扱いやすいことから初心者でも手軽に楽しめるテントとして親しまれているようです。
もともと〈ティピー〉とは上述したようにアメリカ先住民(=ネイティブ・アメリカン)の、主に平原を移動しながら狩りを行う部族の住まいでした。小さいもので1~2人、大きいものでは数世帯が居住できる巨大なものもあるそうで、冬は暖かく夏は涼しいという、自然のなかで生きて来た先住民の知恵と経験が創り上げた住居といえます。
このアメリカ先住民の住居〈ティピー〉は、おそらく多くの皆さんがテレビや映画で一度は目にしているのではないかと思います。
例えば、西部劇というジャンルに登場するネイティブ・アメリカン(先住民)の住居が、まさにそれです。ネイティブ・アメリカンの集落には、決まって円錐形のテントがいくつも並びます。そう聞けば、確かに見たことあるなぁ、と頷く方もいるでしょう。

筆者の小さい頃の記憶ですが、小学生当時にテレビで観たディズニーアニメ『ピーター・パン(Peter Pan)』のなかに登場するネバーランドの先住民(おそらくモデルはアメリカネイティブ・アメリカンでしょう)の住居がそれでした。ピーターとその部族の酋長、そしてその娘タイガーリリーとの宴のシーンは、背景にたくさんの〝ティピー〟が映ります。そのせいか、個人的にネイティブ・アメリカンと聞けば、その円錐形のテントが即座に浮かびます。
さて今回のワークショップは、この〈ティピー〉を模した、子どもたちだけの〈ひみつの家〉をつくろう!というものです。といわれても、私にはまったく想像がつきませんが・・・。
ホール内をキャンプ場に見立てて、想像する自然のなかで遊ぶ
今回のテーマについて、にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生はこう話しました。
「いまキャンプがブームだと聞きます。とくにコロナ禍あたりから人が密集する都会を離れた場所での遊びとして急激にキャンプ人口が増えたとか。また自然回帰、非日常の体験、あるいはデジタルデトックス(※スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器と意識的に距離を取り、心身の疲労やストレスを軽減する)などもその要因だと言われています。
まあ理由はともかく、キャンプという行為は、明らかに日常から離れた〝自然〟のなかに身もこころも置くことですから、否応なしにその環境と対峙し、考えることも行動もそれに応じていくということです。これって、ひととして大事な経験のひとつではないかと思います。
そこで、ワークショップの範囲内でキャンプの疑似体験ができないかな、と考えたわけです。
つまり当園のホール内をキャンプ場に見立てて、そこに手づくりのテントを設置し、子どもたちが想像する自然のなかで思いっきり遊ぶ、といった内容です。
当園の子どもたちですから、きっといつもの想像力で、ホールいっぱいに山がそびえ川が流れ、生き物たちが走り出していく大自然の風景を想い描いてくれるでしょう」
最近はキャンプといっても、必ずしも自然そのままの世界に飛び込むというより、水道やトイレが完備されたキャンプ場にテントを張って、日常からそう遠くない環境で寝泊りするというものや、なかにはビルの屋内(インドア)にキャンプ施設を設けた「おうちキャンプ」なるものもあるといいます。

時代や社会と共に、キャンプの在り方は変化を遂げますが、その本質は普遍的なもののような気がします。
それはさて置き、ではなぜテント?ですか、と尋ねたら
「子どもって自分たちだけの〈ひみつの家〉のようなものに憧れるでしょ。仲のいいお友だちだけが集まっておしゃべりしたり、遊んだりする、いわば〝隠れ家〟的な、男の子だったら〝ひみつ基地〟っていうところかな。今回はキャンプということで、それをテントになぞらえてみました」
そんな話を聞いていたら、遠い昔の筆者の子供時代を想い出しました。
近所の原っぱや路地裏の空き地に段ボールなどを立てて自分たちだけの〝秘密基地〟をよくつくったものです。
大きくてもそのスペースは半畳程度で、そこに多いときには5~6人は入り込んだでしょうか。
確かにそこでは容易に想像の世界で遊ぶことができました。ときにはテレビで観た西部劇などに登場するネイティブ・アメリカンの円錐形の住居も意識していたかもしれません。おもちゃの二丁拳銃など腰に下げて。
先生はそんな昔話に笑いながら頷くと、さらに話を続けて
「テントといっても今回は子どもたち自ら手づくりで仕上げてもらいます。しかも使用する主な材料は紙素材としました。
また、テントは一人ずつ個別につくるのではなく、数人ずつのグループでひとつの大きなテントをつくりたいと思います。それにはみんなで協力し合うことが必要になりますから、今回はチームワークで挑んでもらおうかな、と。
そもそも自然のなかで行うキャンプって、参加する者全員で協力し合うということが前提の場ですからね」
想像上のキャンプとはいえ、なんだか本格的なものになりそうです。でも、具体的にどうするのでしょうか。
テントの支柱から骨組みを包むフライシートまで、すべて手づくり
まずはテントづくりからですが、年中・年長クラス共に4~5人のグループに分かれてひとつの大きなテントをつくります。参加人数を考慮し、年中クラスは3つのグループで3棟のテントを、年長クラスは4つのグループで4棟のテントをつくることにしました。
テントで最も重要なのはそれを支える骨組み、要は強固な棒状の支柱です。当然これも子どもたちが手づくりで仕上げます。そこで、使用する材料は紙といえども丈夫であることが第一条件なので、本年7月のワークショップで使用した厚くて破れにくい壁紙を再び用いることにしました。
支柱はどのグループもひとりが2本つくり、それを組み合わせてひとつのテントの骨組みに仕上げていきます。つまり4人のグループでは8本の支柱が出来上がり、その8本の支柱をつないでひとつのテントの骨組みをつくるということです。

先生はあらかじめ壁紙でつくっておいた棒状の支柱を子どもたちに見せ、それを見本として子どもたちの前で自らつくり方を実演しました。
一枚の大きな壁紙を床に敷いて、その端から小さく折っていき、次第に中央へとゆっくり、かつしっかり巻き込んでいくのです。こうして1本の支柱に仕上がるまでの工程をていねいに教えました。
この工程は時間をかけても確実に巻いていくことが大事です。おとなでもなかなか難しい作業ですから、ほとんどの子どもたちが途中までは進むものの、ふとした力の加減で巻きがゆるくなり、あっという間にもとの一枚の平らな壁紙に戻ってしまいます。それでもどの子もところどころ先生や保育士の手を借りながら、何度も何度も根気強く巻き込んで1本の支柱を完成させていきました。

そんな大変な思いをしながら仕上げた棒ですから、子どもたちひとり一人が〝成し遂げたぞ!〟という達成感を全身で味わったようです。どの子も満足そうにその棒を手にしてはしゃぎはじめました。
それを見ていた先生は、棒を絶対に横に振り回さないことを約束ごととして、子どもたちと一緒にその棒を持って列をつくり「えいえいおー!」と気勢を上げ、元気よく部屋の中を一周しました。

ところがそれでは飽き足らず、先生を先頭に園内の廊下へと出て行きました。子どもたちはもちろん歓声を上げて先生の後に従って行きました。
その光景はまるで大きな槍を持ったネイティブ・アメリカンたちの行列のようであり、または杖を手に険しい山へ登っていく山伏のようでもあり、最後は先生の発案で長い棒をほうきに見立て、それにまたがって空を飛ぶ魔女の大群にもなりました。


なんだかすっかりテントづくりから逸れてしまいましたが、これもまた当園のワークショップの良いところです。
ひと通り手づくりの支柱で遊び終わると、さあいよいよテントの仕上げです。
各グループで8~10本の支柱を、今度はテントを形づくる骨組みとしてつなぎ合わせます。ただ、この作業に限っては事前に検討した結果、効率や仕上がりの安全性などを考慮して、子どもたちではなく先生と保育士たちでつくることにしました。


その間、子どもたちには次の作業を進めてもらうことにしました。それはテントの骨組みを包み込む部分の制作です。つまり本物のテントでいえば、支柱にそって張っていく布製等の覆い(フライシート)のことです。
ここではそれを大きな扇状に切ったクラフト紙にしました。そして、そこに各人で好きな絵や模様をクレヨンで描いていきます。ただし、グループごとにその大きなクラフト紙に描くのですから、各人がバラバラに描いても、仕上がって眺めて見たらひとつの大きな絵や模様になるので、どの部分に誰がそんな風に描いていくのかなど上手に割り振りなどを相談する必要も生じてきます。まさにチームワークが試される作業です。


そうこうするうちに骨組みも出来上がり、子どもたちが描き込んだクラフト紙との合体作業にかかりました。
ひとつひとつとテントが仕上がるたびに、そのテントのグループの子どもたちはわれ先にとばかりにテントのなかになだれ込んでいきました。
先生は、まだまだ早いよ、と子どもたちを一度外に出るよう促し、最後の仕上げに折り紙や花紙でさらにテントへ飾り付けをするよう指示しました。これで、ようやく子どもたちだけの〝ひみつの家(テント)〟の完成です。もう誰に言われるまでもなく、どのテントも満員御礼です。



そんな光景を見ながら、ふと古いアメリカのポピュラーソング『My blue heaven (邦題:私の青空) 』の日本語詞の一節を想い出しました。
♪~狭いながらも、楽しい我家・・・古すぎましたね、失礼しました。
紙という素材でどれくらいの可能性があるのか、それをとことん体験して欲しい
その後、仕上がった年中・年長クラスの各テントは園内や園庭に運び出して、再び多くの園児に楽しんでもらったようです。



ワークショップ終了後、あらためて松澤先生に話を聞きました。
「当園のワークショップではすでに何回も行ってきましたが、〝紙と遊ぶ〟というか、紙という一枚の素材でどれくらいの可能性があるのか、それを今とことん体験しておいて欲しいという思いの企画でもありました。
とくに今回のように大きな壁紙とかクラフト紙を、自分の手でどんな形にも変化させることができるという経験はそうそう日常生活においてはできないことです。
平面で見ていたらただの壁紙だけど、それを自らの手の力で巻き込んでいくと、テントを支えるほど硬くて丈夫な棒になる、それも自分の背よりもはるかに高い棒に、なんて想像もしないことですから」
またしても古い話ですが、昭和時代の子どもたちは新聞紙を丸めて棒状にして振り回したり、新聞紙を折りたたんで兜に模し、それを頭にかぶって遊んでいました。貧しさもあったかもしれませんがそれだけではなかったような気がします。子どもたちにとっては、生活の貧しさがあってもこころの豊かさがあれば毎日を楽しく過ごせた時代でした。

先生は最後にこんな話で締めくくりました。
「今日の子どもたちの、壁紙で棒をつくり上げたときのとても満足そうな表情はなんとも言い難いものでした。誰もが誇らしげで、そしてどの子も無意識に床や天井に向けて何度も棒を突き上げていたのが印象的でした。
いまは遊び道具など簡単に手に入るし、TVゲームで仮想空間にいつだって行ける。でも、ただひたすら壁紙を丸めてつくった棒を手にしただけなのに、いったいどんな思いであんな表情や行動に至ったのでしょうね。
子どもたちのこころとからだが勝手に動き出すというか、もうおとなの理論では測れない、自然に任せた表現というのかな・・・」
先生の言わんとしていることがなんとなく伝わってきました。
ふり返れば、支柱となる棒をつくり終えた子どもたちと一緒にその棒を携え、唐突に部屋を飛び出して廊下を回りはじめた先生は、おそらくそんな子どもたちが放った何かに触発されたのかもしれません。
もちろんそれは理屈ではなく、ごくごく自然の成り行きで。

written by OSAMU TAKAYANAGI


















































































