【にじいろWS 2022-1月】雪のデザイン

2022年1月20日 木曜日投稿

自然が織りなす美しいデザイン「雪の結晶」を描く

2022(令和4)年1月、年明け初めての「にじいろワークショップ」です。
ところで、今年は早々から雪のニュースが多いですね。
今回ワークショップを行った一週間ほど前(1月6日)、関東南部でも雪が降りました。
東京都心でも雪が積もり(最大で10cmほどですが)、通勤や通学に支障をきたして外出時はほんとうに大変でした。降りやんだあとも路面の凍結で、すべって大ケガをして病院に搬送されたひともたくさんいました。
雪に慣れていない首都圏のひとにはかなり厳しい日になったようです。

でも、当園の子どもたちにその日のことを聞くと、おとなとはまったく違う反応でした。
「降ったよ、でも少しだけだから、つまらなかった」
「もっといっぱい降れば、雪合戦ができたのに」
「大きな雪だるまをつくりたかったなぁ」
子どもたちにとっては、困るどころか、少しの雪では物足りなかったようです。

さて今回は、そんな雪がテーマです。
雪といっても、自然が織りなす美しいデザイン「雪の結晶」をモチーフに描くワークショップです。

空のなかで手をつなぎ、くっついて・・・生まれます

まずは、一週間ほど前に降った雪のはなしで盛り上がり、
「雪の歌といえば・・・」と先生がこんなメロディを口ずさみました。
♪~ありの~ままの~すがたみせるのよ~
すると子どもたちも即座に反応し、次の歌詞を大合唱です。
そうディズニー映画でヒットした『アナと雪の女王』の“Let It Go ありのままで”。
さすがに子どもたちはよく知っています。
では、お父さん、お母さんの世代はどんな歌を思い出すでしょうか?
そんなことを子どもたちと思い浮かべるのも楽しいのでは。

さて、いつものように子どもたちの気持ちがのって来たところで、ワークショップのはじまりです。
子どもたちに1枚の「雪の結晶」を集めた写真のプリントを配りました。
先生が「雪の結晶って知ってる?」とたずねます。
ほとんどの子がそのものの存在は知っているようです。
でも、それをこんなふうに見るのははじめてのこと。
「あ、きれい!」
「なんだ、これ!?」
「星みたい」
「へんてこなカタチをしてる」
子どもたちはいつものようにそのプリントを見ながら楽しそうに言いあっています。

「いろんな形があるでしょ、でもこれ、みんな雪の結晶だよ」
と先生が子どもたちに伝えます。
子どもたちは、模様も大きさもちがうのに、どれもが同じ雪の結晶だったことに驚いたようすです。

「だけど、よーくみてごらん、どれもが同じつくりをしているの、わかる?」
と先生は続けます。
「みんな、線でつながってる!」
「クモの巣みたいだ」
「なんだか矢印がいっぱいあるよ!?」
子どもたちはおもいおもいに見たこと、感じたことを発言していきます。

「そうだね、クモの巣みたいに見えるね、みんな線でつながっているし、矢印みたいだね。
でもね、よく見ていくと、どれもが同じ〈六角形〉をしているのがわかるかな?」
先生は、そう言うと〈六角形〉に切り取った黒い紙を掲げて見せました。
「これが、〈六角形〉というかたちです」と六つの角を順番に指でさしながら、説明していきます。
すると子どもたちは先に配られたプリントの写真と見比べてそのことに気づいたようです。
先生と同じように角をひとつずつ指さしながら
「ほんとだ!六つある、〈六角形〉だ!」
子どもたちは新しい発見に大喜びです。

さらに先生は、雪の結晶がどうしてできるのかをおもしろく、わかりやすくはなしました。
「先生はいま水(の分子)で、雲のなかにいます。雲のなかは冷蔵庫みたいに冷たくて、寒くて、一人でいたら凍りそう」
と言いながら、前にすわる子どもに手招きをして
「〇〇くんも先生と同じ水(の分子)ね、だからいっしょに手をつなごう!」
と左右の手それぞれをつなぎました。
「ほら、くっついた。さあ、これで手は全部で何本?」と周りにいる子どもたちに聞きました。
「4本!」子どもたちはいっせいに答えます。
先生は「そうだね、じゃ、〇〇さんも水(の分子)になって手をつなごう!」
とまた手前の子どもを呼ぶと、今度は先生の片方の手と新しく加わった子の片方の手をつなぎ、その子のもう片方の手は先に呼ばれた子の手とつなぎました。
これで三人それぞれの左右の手がひとつにつながりました。
「ぴったりくっついたよ、三人仲よくいっしょだね。それじゃ、いま全部で何本の手になったかな?」
「1本、2本、3本・・・6本!」またまた先生の質問に子どもたちは答えます。
「そう、6本」先生はそう笑顔で応えると、三人は手をつないだまま立ち上がりました。
すると、三人のまんなかにできた空間(スペース)が、六つの角を持つダイヤモンドのような形に見えました。
先生は子どもたちに言います。
「こうやって、水(の分子)が氷のように冷たい雲のなかで手をつないで、仲よくくっついてできたのが、雪の結晶だよ」
そして、
「よく見てごらん、先生たちのまんなかにできた、このかたちが〈六角形〉になった」
子どもたちは立ち上がり、それを見ておどろいたり、感心したり。
「ほんとだ!すご~い、雪の結晶だ」

「ハーイ、じゃ、きょうはみんなに、この雪の結晶を描いてもらいます」
先生は子どもたちにそう言って、用意した黒画用紙、絵の具の入ったパレットと筆、筆洗器を配りはじめました。

ひとの個性といっしょです、ひとつとして同じデザインはありません

先生はお手本用の黒画用紙を1枚持って中央にすわると、子どもたちはその周囲に集まりました。
黒画用紙を床にひろげ、その横には白、赤、青、緑、黄色の絵の具が入ったパレットを置いて、筆を1本握ると
「描きはじめる前に、まず画用紙をよく見てね。まんなかに小さな点(穴)があるのを確かめること」
と画用紙の中央の小さな点を指でさしました。
「それから、その周りに六つの点(穴)があるのも確認してね」
と、画用紙の中心から周囲にある点もひとつひとつ指でさしていきました。
子どもたちに配った黒い画用紙も、あらかじめ中心と六角形の六つの頂点に、千枚通し(工具)で小さな点が打って(開けて)あります。
光にかざせばわかる程度の、ほんとうに小さな点(穴)です。

「それがわかったら、描きはじめるよ」と先生が言い、まずは白の絵の具に筆をつけました。
「最初はこの中心の点から出発しますね。それを、まわりの六つの、どの点でもいいので結びます」と言いながら、筆を中心に置いて、その周りに打ったひとつの点まで1本の直線で結びました。
「こんなふうに、中心から六つの点まで6本の線を結んでいきます」
これで雪の結晶を成す、中心点から周囲に向かって伸びる6本の線ができました。
「次は、この線にどんな模様を描き入れていこうかな。さっきみんなに渡した雪の結晶のプリントを見るといいよ」
と、そのプリントを参考にしながら、さまざまな模様を描きくわえていきました。
先生オリジナルの、きれいな雪の結晶が仕上がりました。
子どもたちはもう慣れたものです。そこまで先生が描くと、いつもの「描きたい!描きたい!」コールです。

早速、子どもたちは配られた黒画用紙の中心点を指でさがし、その周囲の六つの点も確かめました。
そして、筆に絵の具をなじませて、中心点から周囲に打った点までまっすぐに線を描きました。
どの子も6本、いろいろな色を使って、じょうずに描けました。
あとは、それぞれが思いのままに飾りつけていきます。

プリントや先生のお手本を見ながら慎重に、ゆっくり描く子。
大胆な色使いで、一気に6本の線に飾りを描く子。
雪の結晶だけでは物足りないのか、その周りに雪の模様まで描きこむ子。
雪の結晶が、ひとつとして同じ模様にならないのと同様に、子どもたちの個性もひとつとして同じものはありません。そう考えれば、このテーマはもっとも個性の出るワークショップともいえます。

そうそう、実は、絵の具を入れたパレットを使うのは、今回がはじめての体験でした。
でも、先生がお手本を描くときにしっかり見ていたからか、それともこれまでワークショップで絵の具の使い方に慣れていたせいか、どの子も上手にパレットを使いこなしていました。
子どもたちのなかには、パレットのなかで色が混ざり合って違う色に変化することに興味を覚えた子もいました。
「絵を描くことに集中しなさい」などとは言いません。絵を描くって、そんなふうに、絵を描く以外にもたくさんのことを学んだり、体験したり、考えたりできるから楽しいのです。それこそが、〈アート〉です。

こうしてでき上ったたくさんの個性豊かな雪の結晶は、園のなかでいつまでもとけずにきらきらと輝き続けることでしょう。

雪の結晶は、「かみさまのおくりもの」です

「きれいだね/きらきらかがやく/かみさまのおくりもの」
こんなすてきな文を書いたのは詩人の谷川俊太郎さんです。
これは、写真家の吉田六郎さんが撮影した雪の結晶の写真ひとつひとつに、谷川さんが言葉をつけた『きらきら』(アリス出版)という本に収められているものです。
吉田六郎さんは写真家であり、科学教育映画の監督でもあります。
おはなしが少しそれますが、吉田六郎さんは、世界で最初に雪の結晶のしくみを解明した物理学者の中谷宇吉郎先生と出会って以来、この雪の結晶に魅せられて後半生をその撮影にささげたそうです。
もし、この本を目にする機会があれば一度手に取ってみてはいかかでしょうか。絵本のように子どもがひとりでも読めるものです。
また、興味があれば、中谷宇吉郎先生の著作『雪と人生』(角川ソフィア文庫)もお薦めです。
「雪は天から送られた手紙である」という名言を残された、中谷先生の随筆集です。
専門的な難しい内容の本ではありませんので、拾い読みしても楽しい一冊です。

ワークショップのなかでも先生がそれとなく子どもたちに伝えましたが、もし次に雪の降る日があれば、ぜひ一度親子で雪の結晶を見てください。黒や紺色といった色の濃い布や紙等の上に雪を置き、文具として購入できる程度の虫メガネが1本あれば、とても不思議で、美しい世界をのぞき見ることができますから。

ドキュメンテーション

雪のデザイン
自然界には自然の法則に従ってできる美しいデザインがあふれています。
冬に子どもたちが楽しみにしている雪にも一定の法則があり、そこに美しさが宿ります。
しかし、実は結晶には様々な形があるのです。
美しさの法則を見つけ、デザインを学び、描いてみます!

【にじいろWS 2021-12月】冬至の野菜を見つめて 墨絵

2021年12月22日 水曜日投稿

冬至の野菜をモチーフに、視て、触れて、食するアートワーク

12月に入り、2021(令和3)年もあとわずかです。
日没が早まり、一日の終わりを告げる時間帯も早くなりました。
お迎えの時間にもなると、もうあたりは真っ暗です。
こうした日常のありふれたことで、冬の到来と一年の終わりを実感する方は多いでしょう。
そんな時節を象徴することのひとつに「冬至」があります。
存知の通り、「冬至」とは1年でもっとも太陽の出ている時間が短くて、夜が長い日です。
天文学的には、毎年12月22日ごろに観られる現象ですが、今年は22日(水曜日)がそれに当たります。

そこで、今回のワークショップは、この「冬至」をテーマにしたアートワークです。
もちろん、いつものように難しいことを学ぶのではなく、子どもたちには、「冬至」ということをこころとからだで感じとってもらいました。
また今回は、子どもたちの毎日を〈食〉の面からサポートしている当園の栄養士をはじめ、調理を担当している先生方の協力を得て、古くから伝えられてきた「冬至」に食する野菜をモチーフにしました。

視て、触れて、描いて、最後は給食で食する。そんな、まるごと体感型のワークショップです。

かぼちゃに大根…まじまじ見たことありますか?

フロアに集合した子どもたちに、先生が最初に発したのは、
「今日はスペシャルゲストたちが来てくれましたよ!」という唐突な言葉でした。
そんな言い回しにきょとんとする子どもたち。
その直後、みんなの視線がとらえたのは、なんと新聞紙の上に並べられたいくつもの野菜でした。
「紹介しま~す、採れたてのカボチャ、さわやかな香りのゆず、太くておおきな大根です」
と、先生はいたってまじめに、でも楽しそうに紹介しました。
子どもたちは呆気にとられた風でしたが、徐々に笑い声に変わりました。
日頃から目にする野菜ばかりなので、「これ、な~に?」と言う子はいません。でも、目の前であらためてまじまじと見せられたのは初めてのようです。

さて、今回のワークショップはこれら野菜をモチーフします。
なので、いつもの進行とは違い、先生より先に当園の栄養士のおはなしからはじまりました。

室内に用意された1脚の長テーブル。
その上には、調理用のまな板と包丁、それからかぼちゃとゆず。
子どもたちはそのテーブルの手前には座り、テーブルの向かいには栄養士が座りました。
これから何がはじまるのか、子どもたちは静かにまっすぐな視線を栄養士に向けています。
栄養士は、いつもと勝手が違うのでちょっと緊張気味。
でも、かぼちゃやゆずを手に取り〈食〉の話をはじめると、緊張した姿はどこへやら、饒舌な話し方に変わりました。

近づく「冬至」のおはなし、本来の収穫からすれば夏野菜であるはずのかぼちゃを、どうしてこの時期に食べるのか、ゆずの効能から食べ方など、ほかにも大根についてなど興味深い話が次々に飛び出します。
そしておはなしの最後にかぼちゃとゆずに包丁を入れ、それぞれをふたつに切り分けました。
切り分けられたふたつの野菜の断面なんて、そうそう眺めることはないでしょうから。

「まんなかに小さなタネがみえるでしょ」とかぼちゃの断面を子どもたちに向ける栄養士。
「ほんとだ!」と真剣に見つめる子どもたち。
「中身に栄養がいっぱい詰まってるんだよ」と言いながら、さらに説明を加えていきます。
「すげえ~きれい」と、野菜の断面の美しさに見とれる子もいます。
こうした新鮮できれいな野菜が毎日の給食に使われている、そんな当たり前のことだけれど、あらためて実感した子どもたちは、誰もが〈食〉に関心を示したようでした。

栄養士の話が一通り終わると、いよいよ本日のワークショップのスタートです。

墨絵の世界を体感し、色彩を加えてより個性的な作品に

栄養士からバトンを受けて、再び先生の登場です。
まずは、おなじみの前説から・・・。
野菜のおはなしを引き継いでおおきな大根を1本手に取ると、なんと民話の世界へと子どもたちを誘います。
ロシアの民話で有名な『おおきなかぶ』ならぬ、『おおきな“大根”』に話を転じて、「うんとこしょ、どっこいしょ、まだぬけない、〇〇くん、〇〇ちゃんも手伝って!」と子どもたち全員を巻き込み、ちょっとしたお芝居のごとく大騒ぎ。

これで子どもたちの気持ちが、一気にいつものワークショップに切り替わりました。
いつもながらですが、これって落語でいうところの〈まくら〉に似ていませんか?
〈まくら〉とは、おはなしの最初に、お客の気持ちを一気に落語の世界に引き込むために語る、ちょっとした前説のようなもの。
でも、こういうことってアートワークにも必要なことです。日常から、スーッとアートの世界に入りこむための入り口づくりとして・・・。

先生の前説が終わり、子どもたちの気持ちがひとつの方向に向くと、先生はその大根を床に置き、その周りに子どもたちを集めました。
先生は、その大根の形に添うように1枚の長方形の和紙(障子紙)を置き、これからはじめることを話しました。
「この大根をこの紙に描いていきます。ただし、今日はこの道具を使って描きます」と、先生は筆と墨汁を差し出しました。
それから墨について、簡単に説明しました。
「(なたね)油や松の根を燃やしてできたもの(油煙)をにかわで練って・・・」と。
これはいま学ばなくてもいいことです。でも、きちんと説明し、一度は耳に覚えさせておくことも大事です。

そんな風に話しながら、墨の入った容器をひとりひとりに回して、墨のもつ独特な匂いをかいでもらいました。
「ゲッ、臭~っ!」と言う子、なんとも形容しがたいという子、意外にイイ香りかも、という顔をする子、さまざまな感想がでます。感想は個人個人違っていい。直接体感することこそが大切です。

先生はゆっくり筆を墨に浸すと、大根をじっくり見て、解説を交えながら葉の部分、身の部分と順々に、ときに大胆に、ときに繊細に筆を進めていきます。
子どもたちは先生の筆の動きに合わせるように、うわぁ~とか、へぇ~とか言葉をもらします。それでも大根を描くその筆先の動きから、誰ひとりとして目をそらすことはありません。

先生が描き上げた大根の絵を掲げて見せると、どこからともなく拍手や「先生、うまい!」なんて言う声が。

先生が見本を描いている間に、保育士たちはモチーフにする野菜(大根、かぼちゃ、ゆず)を中央に置き、それを取り囲むように和紙と墨を入れた皿、それに筆を用意します。これを人数分3グループに分けて準備しました。

子どもたちがそれぞれの位置につくと、当然のことながらそのモチーフとなる野菜の見え方に違いがでます。例えば大根が真横に見える子、葉の部分が手前に見える子、それが奥に見える子、かぼちゃが手前で大根が奥に見える子、またその逆も。
だからといって、子どもたちの筆は動きをとめません。むしろどんどん筆を走らせます。
これって、意外に慣れていない子どもには難しいことです。一年、二年とワークショップに参加してきた子どもたちならではの成果の表れでしょうか。

和紙一面にひとつの野菜を大きく描く子、それぞれの野菜を均等にバランスよく描く子、なかにはその描く線が和紙からはみ出る子。
特に、墨と筆の特性が如実に表れるので、水気が少ないとカサカサな線になり、水気が多いとにじむ線になります。
しかし、偶然にせよ必然にせよ、そこに表れた線はどれもが正解です。
アートの世界には、間違いなどありません。答えは無数にあり、すべてが正解です。
したがって、どの子の描く絵も、個性豊かですばらしい作品です。

実は、これで完成ではありません。
さらに、この墨で描いた絵に色彩を施します。つまり、色を塗っていくのです。
墨絵の世界も美しいですが、今回はモチーフの持つ色味により近づけるように描きます。
先生が先ほどと同様に子どもたちを集めて見本を示し、その間に墨が乾くのを待って、子どもたちは自分の墨一色の絵に鮮やかな色を重ねて、最終の仕上げに入ります。

大根の身はよく見ると白色ばかりではありません、葉に近い部分はやや緑色をしていますし、表面もつるつるではなく、茶褐色の点々も、傷も、へこみさえあってでこぼこしています。だから、その部分は黒っぽく見えるかもしれません。
かぼちゃもゆずも、表面はけっして一色ではなく、さまざまな色が混ざっています。ふたつに切った断面も、中身が何層にも重なっていて、タネもあるし、色だって同系色でも明るさや暗さがあります。
子どもたちはモチーフをじっくり見つめ、たくさんの色を加えて完成に至りました。

食べることも、食を知ることも、すべてがアートへの活力

今年最後のワークショップは「冬至」をテーマに、墨で描くという描画の技法を覚えました。そしてさらに、モチーフとなるもの(今回は野菜ですが)をじっくり視るということを体感しました。
そのことによって、観察する力が自然と備わり、それを繰り返すことでその力は高まります。
子どもたちは無意識ながら、今回その観察する力を養ったはずです。

また、〈食〉についても貴重なおはなしを聞き、野菜についても知ることができました。
家庭ではもちろんこと、園の給食でも食すること、それに関連する食材のことなどは、ともすれば話題になりにくい事柄ですが、健康でいきいきとした毎日を過ごすにあたっては、おろそかにできないことです。
食べることが生きる活力であれば、それに関わることを知りつくすこともりっぱなアートワークの一環です。
特に子どもたちには、そのことを日々のなかで身につけてほしいと考えています。

今年もコロナウィルスの影響で、さまざまな物事が厳しい状況下にありました。
それでも、子どもたちの元気な笑顔とやる気満々の姿勢に、先生や保育士らスタッフ一同励まされてきたように思います。
来年もまた、アートを通じて明るい未来を築けますように!

ドキュメンテーション

今回は、調理の先生方とのコラボレーション企画です。
これまで様々な経験をしてきたワークですが、今回は「食」に着目し、特にこの時期に古くから伝え食されている、冬至の野菜に着目します。
調理の観点から「食」素材についての話を聴き、アートの観点では、その姿、形、色、艶、香り、感触などをよく観て、感じ、描くことを目指します。
観察して「描く」ことは、自身の中の平穏や辛抱強さなども必要となるものです。
その姿に面白さを見い出し、また描くという行為を静かに真剣に遂行するそんな姿を経験して欲しいと思います。

 

written by OSAMU TAKAYANAGI

【にじいろWS 2021-11月】羊毛と石のペーパーウエイト

2021年11月25日 木曜日投稿

自然素材と石との絶妙なコラボ !?

11月も半ばを過ぎると、当園から望む山の木々も色あざやかな衣装へと衣替えです。
そんな季節のなか、年中・年長クラスの子どもたちが多摩川沿いの河原までお散歩をしました。
お散歩の目的?それはもちろん、穏やかな日差しを浴びながら、おいしい空気を頂きに!
・・・ですが、実はもうひとつ。
お散歩を兼ねて、今回のワークショップの材料を取りに、いや、正確には“拾い”に行きました。

子どもたちが拾うのは、河原にある石ころです。
足もとにゴロゴロ、ゴツゴツと敷き詰められた、あのごく普通の石ころ一つです。
ただし、その石ころは、子どもたちひとりひとりが自分の意思で、自分が最も気に入ったものを選びます。
決まりごとは、手のひらに乗るくらいの大きさであること。それ以外は、色も形もすべて自由です。

この時点では、その石ころをどのように使うかは伝えていませんので、子どもたちは純粋に自分の好みに合った、自分だけの石ころ探しに夢中でした。
石ころだらけのいつもの河原ですが、どうやら子どもたちの目には、この時ばかりは宝の山のように映って見えていたに違いありません。
持ち帰った石を改めて見ると、子どもたちそれぞれの個性や嗜好がはっきり表れていることに感心します。

そして今回は、石ころに加え、さらに重要な材料を用意しました。
それは、温もりのある柔らかな繊維として、これからの季節の装いには欠かせない素材でもある羊毛です。
今回のワークショップは、この羊毛という自然素材の特性を生かし、子どもたちが拾ってきた石ころとの絶妙なコラボによって、世界に二つとない、自分だけのオリジナル〈ペーパーウエイト〉をつくります。

羊毛のお話しと、羽根のような素材におおはしゃぎ!

子どもたちは河原で拾った自分の石ころを一つ、小さなビニール袋の中に大事に入れて集合しました。
お行儀よく座る子どもたちの前には、虹のように色とりどりに染められた毛糸の束が並んでいます。

先生はまず、そのなかの一番太い白色の束を取り出し、それを1本の綱のように長く伸ばして、ぶらぶらと揺らしました。
それを見て子どもたちは「サルの尻尾だ」とか「ゾウの鼻みたい」といって大笑い。
すると今度は、それを枕ほどの塊に丸めて胸に抱きかかえました。
これにはみんなが「あかちゃんのだっこだ」と声をそろえて答えました。
ただの白い毛糸の束なのに、子どもたちにはさまざまなものに見えるようです。

「では、ここで問題!」と先生はその毛糸の塊を掲げて、
「これは動物の毛だけど、なんの動物だがわかるかな?」と聞きました。
ウマだとおもうひと?ゾウだとおもうひと?サルだとおもうひと?
次々に出す動物の名前に、子どもたちはバラバラに手を上げて答えます。
正解は・・・と、先生は一冊の絵本を取り出しました。

それは園の書棚にある『ペレのあたらしいふく』(エルサ・ベスコフ作/おのでらゆりこ絵/福音館)です。
物語は、子羊の世話をする男の子ペレが、羊や近所の人たちの協力で青い服を手に入れるまでのお話です。
子どもたちはそれを見て、すぐに「ひつじ!」とわかりました。
でも、誰もが羊の毛と聞いてびっくりしています。
絵本にも描かれているように、羊の毛は白くてゴアゴアしているのに、目の前の羊の毛は糸のように長くて、柔らかそうで、色だって白ばかりか、赤、黄、青、オレンジ、茶・・・それに黒だって。
先生は、そこで子どもたちに易しく、おかしく、こんな説明をしました。
「羊さんは外で飼われているから、刈ったばかりの毛は泥だらけで汚いし、オシッコやウンチの匂いだってするかもね。だからよーく洗ってきれいにして、1本1本の毛を柔らかく伸ばして。色だっていろんな色がある方がいいでしょ?だから染色という色をつける作業もして。それでこんなふうになるんだよ」
子どもたちは笑いながらも、先生の話に興味深く耳を傾けていました。

次に先生は羊毛の束をひとつ持って、両手で左右に強く引っ張って切り離そうとしました。でも、その束はまったく切れません。今度は優しく、そうっと左右に引っ張ると、スーッとふたつに切れて分かれました。
「羊の毛は、こうやって優しくしないと、ちぎれないんだよ」と先生はその特性を教えました。

また別の束から、手のなかに収まるくらいの小さな塊を切り取ると、それを指で紙のようにうす~く、うす~くたいらに広げ、頭より高い位置から静かに落としました。
すると、それはまるで鳥の羽根のようにふわふわと、空中に漂うようにゆっくり落ちていきました。
子どもたちはそれを不思議そうに眺めていましたが、いつものことながら、もう見ているだけじゃおさまりません。
先生は即座に「じゃ、みんなでやってみよう!」と、羊毛を小さな塊に切り分けて子どもたちに渡しました。
子どもたちは先生にならって、その小さな羊毛をうすく広げ、思い思いに空中に投げ出しました。
どんなに強く投げても、落ちるときはゆっくり落ちます。なかには、それを口もとにおき、ふーっと息を吹きかけて飛ばしてみせる子どもたちもいました。
しばらくは、自分の放ったそれを追って、部屋中を飛んだり跳ねたりおおはしゃぎです。

こうして子どもたちは、羊毛という素材がどんなものかを体感しました。
でも、ちょっと待ってください、これで終了ではありませんよ、ここからが本番の「羊毛と石のペーパーウエイト」づくりですからね。

世界にたった一つだけ、その価値はなにものにも代えがたい

最初に子どもたちは、羊毛を小さな塊に切り分けて、色別に入れた箱から自分で使いたい材料を選びます。
それを長さ10~15㎝ほどのひも状にうすく伸ばし、石ころにぐるりと一回り巻き付けます。石ころにぴったりと貼り付くように、きつく巻き付けます。
それができたら、また別の好きな色を選び、同じようにひも状にうすく伸ばし、それをまたまた石ころに巻き付けます。いく度もそれを繰り返し、縦にひと巻き、横にひと巻き、斜めにひと巻きと、石ころにぐるぐると巻いていきます。石ころの表面が見えなくなるまで巻き続けます。
そこまでできたら、そのままビニール袋に入れ、中性洗剤を直接そのものに数滴たらします。
石ころを包んだ羊毛に中性洗剤が染み込んだら、ビニール袋の上から両手でそれを包み込むようにして、ゴシゴシ、ギュッギュと力いっぱいこすり続けます。
じわじわとビニール袋の内側に泡が出はじめたたら、そっと袋のなかに手を入れ、石ころの表面に巻き付けた羊毛がはがれていないかを確認します。
しっかり巻き付いているのがわかったら袋から取り出し、乾いたタオルで水気を拭きます。
そのまま乾かしておいて、表面から水分がなくなれば完成です。

最後まで黙々と仕上げる子、途中でちょっと飽きてしまう子、材料選びに長い時間迷う子、石に巻くのが終わってしまい、羊毛だけをうすく伸ばしてクルクルと器用に丸めてボールを作る子。
向き合う姿勢はさまざまですが、どの子も最後までしっかり仕上げました。

完成した作品を手に取ればわかりますが、中身は硬い石なのに、表面に羊毛を巻いたことで、とても柔らかで温かな手触りになります。見た目にも、冷たい塊というよりは、人肌のような温もりと自然界の美しさを感じます。
これは、共に自然から生まれた素材であることも要因ではないかと思います。
さらにこの作品について言うなら、石ころの形や色や大きさが違うように、選ぶ羊毛の色も巻き方も二つと同じもが存在しないのですから、これこそまさに世界にたった一つだけの〈ペーパーウエイト〉です。従って、その価値はほかのなにものにも代えがたいといえます。

これは蛇足ですが、小さな〈アート〉作品として生活空間に置けば、装飾品のひとつとして十分に楽しむこともできますので、完成した作品を眺めながら、「どんな風に使おうか?」などと、親子であれこれ想像して会話を交わすだけでも素敵な時間を過ごせるはずです。

太古の昔、ひとは自分の思いを「石」に託した

いまはアスファルトの道路が主流となり、石ころばかりが転がっている、いわゆる砂利道のような道路を見かけなくなりました。
少し時代を遡れば、どこにでもごく普通に石ころがありました。だから子どもたちのあいだでも、石蹴りなど石を使う遊びが多くありました。そんな遊びをする子どもも見なくなりました。
今回のように河原で石ころに触れるという行為は、自然のなかの木や草花と触れることと同じです。
実際に手で触れた石の感触や目で見たさまざまな石の色や形は、きっと子どもたちの心に深く残っていくでしょう。想像力がたくましく、純粋で感受性が豊かだった幼い日の記憶とともに。

最後に、「石」にまつわるおはなしをご紹介します。
それは、「石文(いしぶみ)」というものです。
まだ文字というものがなかった太古の昔、ひとはその時々の気持ちを石に託して相手に送ったといわれています。つまり、その石の持つ手触りや形で自分の思いや状況を伝えた、石の手紙(文)です。
これは、ドラマの脚本や小説などを書いた作家の向田邦子(1929~1981年)さんのエッセイに書かれていますので、ご存知の方も多いかと思います。
ここにその一部を抜粋し、今回のワークショップを閉じることにします。

「昔、ひとがまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持を伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。男は、自分の気持ちにピッタリの石を探して旅人にことづける。受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持がすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した」―向田邦子著『男どき女どき』収録「無口な手紙」より。

ドキュメンテーション

気温が下がり、モコモコの洋服やパジャマなどを出す季節になりました。
昨今ではペットポトルをリサイクルした洋服が身近に感じられるようにもなっていますが、
人は太古から、自然界の恩恵を受けて生きてきました。
肌や体を守る繊維は、植物や動物の毛や革で作られていたものです。

今回は、思わず手に取りたくなる柔らかくて温かい素材
羊の毛に焦点をあててみます。
羊の毛が私たちの生活に実は身近にあることを知り、
その素材の特性を感じ、加工する体験をしてみます。

お散歩で行った先で、自分の手に馴染む石を拾い
石と羊毛のコラボです。

written by OSAMU TAKAYANAGI

【にじいろWS 2021-10月】蜘蛛(クモ)の巣・インスタレーション

2021年10月28日 木曜日投稿

アートを通じて楽しむ、秋の“Happy Halloween!”

10月の楽しみなイベントといえば、いまはハロウィンでしょうか。
昨年はコロナの影響で思うようなイベントが開催できず、寂しい思いをした方が多かったと思います。今年のハロウィンは、かたちはどうあれ、“Happy Halloween!”と笑顔のあいさつだけでも交わせたらいいですね。
さて、今回はそんなハロウィンを意識したワークショップです。
そして、「インスタレーション( Installation )」という表現方法を遊びながら体感します。

ハロウィンはご存知の通り、古代ケルト人の収穫を祝う宗教的なお祭りが始まりだそうです。
その当時、収穫期が終わり冬の季節が訪れると、それにともない魔女や悪霊もやって来ると信じられていました。そこで彼らを追い払うために火を焚き、仮面を被って身を守ったことがその起源といわれています。
現代は宗教的な意味合いはすっかり薄れて、さまざまなコスチュームを身にまとい、明るくてにぎやかな楽しいイベントに変わりました。
それでも、当時恐れられていた魔女や黒猫、コウモリにクモなどは、現代の仮装や飾りつけでも人気のある定番のアイテムです。
今回のワークショップに参加する子どもたちには、その定番のひとつ「クモ」に扮してもらいます。
といっても、クモの衣装を着て変身する必要はありません。気持ちだけクモになって、あのちょっと不気味なクモの巣をつくります。
それも、部屋いっぱいに広がるほど巨大で、糸が幾重にも複雑に絡み合ったクモの巣です。

クモの話から、巨大な「クモの巣」づくりへ

まずは、先生のクモのお話から—いつものように身振り手振りを交えて、すっかりクモになりきった先生です。
最初のうちはその姿を見て「クモ、だいきらい」と怖がっていた子どもたちでしたが、そのうち笑い転げたり、先生のクモを真似したりと、いつのまにかクモの話に興味津々。そうこうするうちに、なんだかみんなの気持ちが、小さなクモの子どもになったようです。
では、これからクモの巣をつくりましょう。

「クモの巣を見たことあるかな?木や花などがいっぱいある公園や、お家の周りなどあちらこちらにあるよね」
「クモの巣、いっぱいあるよ」
「見るけど、気持ちワル~い」
「そうだね、でもクモは害虫を食べてくれるよ」
先生は子どもたちとこんな掛け合いをしながら、部屋の左側の壁に1本の長いスズランテープの端を、ちょうど子どもたちの背丈ほどの高さに貼り付けました。そして、そのテープを持って真っすぐに伸ばし、部屋の右側の壁へと向かってゆっくり歩き出しました。一直線に張ったテープが右側の壁に届くと、同じようにそこに貼り付けます。次にまた長い1本の紙テープを持ち、その端を今度は右側にあるガラス扉に、同じような高さに貼り付けました。そこからまたも同じように左側の入り口付近へと、さっきのテープと交差するように一直線にテープを伸ばしながら歩き、左側の入り口付近に届いたら、同じくしっかり貼り付けます。
2本のテープが部屋の真ん中で交差して、大きなバツ印をつくりました。
「先生、なにしてるの?」
そんな光景を不思議そうに眺める子どもたちの視線もまた、先生とテープの動きに合わせて右から左へ、左から右へとゆっくり交差して行きます。

これは、まだまだはじまりの、はじまりです。
先生はまたまた別のテープを持って、こちら側から向こう側へ、向こう側からこちら側へと、少しずつ位置と高さに変化を加えながら同じことを繰り返しました。子どもたちの視線も、やっぱり同じように左右を行ったり、来たり…。
そんなふうに何度か繰り返すと、いく本ものテープが一直線に部屋の空間を横切り、それがいくつも交差し合って、いつの間にか空間全体が網の目のようになりました。
それでも、クモの巣と呼ぶにはほど遠い状態です。
先生も、さてさて、これからどうしましょう、という困り顔で子どもたちに目線を移しました。
ところが子どもたちは先生と同じことをやりたくて、もうさっきからうずうずしていたのです。
もちろん先生はそれを察していました。
そう、実はここからが子どもたちの出番です。
いよいよ今回のテーマ「クモの巣」づくり、スタートです!

クモの目線で眺めれば、また違う体感も

テーブルにはあらかじめ用意した色とりどりのスズランテープや紙テープ、新聞を帯状に切り分けたもの、小さな鈴、ハサミ、そしてセロハンテープが並んでいます。
子どもたちは好きな素材を自由に選び、その端と端にセロテープを付け、先生が網の目状に張り巡らせたテープにそれを貼り付けていきます。先生と同じように、それを何度も何度も繰り返します。

目の前のテープから奥のテープへ、壁面やガラス扉から伸ばして別のテープへ、お友だちのテープから自分のテープへと、あちらこちらで交差していきます。長いテープも短いテープも、新聞の切れはしも、小さな鈴も、思い思いに貼り付けます。なかには、切れたテープを別の素材や色の違うテープで補修する子、同じところにテープをぐるぐる巻きにする子、床すれすれにテープをぶらぶらと垂らす子など、それぞれに貼り方も工夫しはじめました。無意識ですが、みんなが思いっきり〈アート〉を楽しんでいるのがわかります。

部屋の右側からも左側からも無数のテープが貼られ、そこから伸びていくさまざまなテープが部屋の空間でやはり無数に交差して、網の目がますます細かくなり、複雑な網の目模様をいくつも描いています。
子どもたちと先生、それに保育士たちみんなで部屋の隅の少し高い段から全体を見わたしました。
その瞬間、思わず歓声が上がりました。
そこに広がっていたのは、まさに、巨大なクモの巣そのものだったからです。

「じゃあ最後に、自分たちがつくったクモの巣の下をくぐってみようか」
そんな先生の掛け声に、子どもたちはわれ先にとばかりに急いでくぐろうとしましたが、
「でも、ただくぐるのではなく、クモになりきってみようか」
と先生から新たな提案が出されました。
すると、数人の子どもが腹ばいになったり、コロコロ回ったり、クネクネとからだをくねらせたり、思いついた体勢でいろいろ試してみました。どれもが虫のように見えてユニークでしたが、なかでも一番面白く、クモらしく見えたのはあお向けに寝そべって、手足をもぞもぞ動かしながら進んでいく体勢でした。
それにこうしてくぐると、自分たちがつくったクモの巣が真上に見えて、ほんとうにクモになったような感覚でこの不思議な空間を体感できることにも気づきました。
クモの巣をくぐりぬけていく子どもたち全員が、ほんとうにクモの子どものように見えてきました。
今回も、最後の最後まで楽しんだワークショップでした。

枠にとらわれない、「インスタレーション」という表現方法

今年度のワークショップは、一貫して通常の枠にとらわれない〈アート〉をテーマにしてきました。
今回のテーマに挙げた「インスタレーション( Installation )」も、まさにそれに則したものです。
「インスタレーション」とは、簡単に言えば、〈アート〉を展示する空間そのものをひとつの作品としてとらえる、ということです。
一般的に考えれば、壁にひとつひとつの作品が額などに収まって展示され、それを順番に眺めるのが美術鑑賞です。でも「インスタレーション」はそんな既成概念から離れ、展示会場そのものが〈アート〉になっているので、壁を見ても、床や天井を見ても、つまりその空間に存在する全てが鑑賞の対象となり、その空間に身を置くことで、全身で〈アート〉を体感するという鑑賞の仕方といってもいいでしょう。これは特に「現代美術」における表現方法として認知されてきました。
今回のワークショップは、まさにその表現方法です。
子どもたちには、このような難しい説明などはしません。でも、部屋の空間全体を使って、「クモの巣」というひとつの作品をつくり上げ、自分たちでそれを体感(鑑賞)することに大きな意義があります。
型にはめない、枠にとらわれない—これって、理解はしていても、私たちおとなの実生活ではなかなかできませんが、子どもたちにはいまのうちにたくさんのそれを体感させてあげたいと考えています。

ドキュメンテーション

ハロウィンの飾りで蜘蛛の巣は定番のようです。
秋になると蜘蛛が成長し、大型の女郎蜘蛛などが巣を作り始めるからか、
立派な蜘蛛の巣を見かけることが多くなります。

蜘蛛の巣は美しく、度々芸術の世界でも取り上げられることがあります。
蜘蛛の巣を部屋に張り巡らして遊びます。
異空間の面白さ、線と線のからむ面白さ、素材との探求様々を研究します
※一見、危なく見えますが、 何度も検証して何度もやっている内容です

written by OSAMU TAKAYANAGI

【にじいろWS 2021-9月】ボディペイント

2021年9月29日 水曜日投稿

それは、“からだに絵を描こう!”ということ。

からだ(素肌)に直接、塗料などで絵や模様を描くことを「ボディペインティング (body painting) 」といいます。1960年代以降、それが「アート表現」のひとつとして、欧米などで認知されるようになりました。
もともとはもっと古い時代に、アプリジニというオーストラリア大陸やその周辺諸島に住んでいた先住民や、ネイティブ・アメリカンといったアメリカ大陸に住む先住民のひとたちが、自らのからだにペイントをする習慣があったといわれています。それは時に美しく、時に雄々しく、また宗教的な意味合いもあってのことだったようです。
もちろん、今回のワークショップは、そんな難しいものではありません。
今年6月のワークショップで、園内にある外階段や通路のガラス壁面をキャンバスにしましたが、今回はなんと、自分の〈からだ〉をキャンバスにします。
つまり、「ボディペイント」とは、“からだに絵を描こう!”ということです。

足に模様を描くだけで、なんだか別の生きものみたい。

9月後半にもなると、朝晩の冷え込みに秋の気配を感じます。でも、昼間はまだまだ暑さの厳しい日が続いています。そこで今回は、太陽の日差しをからだいっぱいに浴びて楽しめる、この夏最後のワークショップとなりました。
場所は保育園の2階テラスです。
そこに大きなブルーシートを敷き、4色ほどの絵の具とその容器、そして絵筆を数十本。
そうそう、絵の具にはボディソープを混ぜ合わせます。これ、実は素肌に付いた絵の具を洗い落とすのに、効果バツグンだそうです。
さあ、これで準備はすべて整いました。

参加する子どもたちは、あらかじめ汚れてもよい服装(半袖のシャツと半パンなど)に着替え、全員裸足でテラスに集合です。
着替えを済ませた時点で、どうやら子どもたちのテンションは上がりはじめたようです。いつもの服を脱ぎ捨てただけでも、なにか開放感のようなものを感じたのでしょう。子どもたちのこころとからだは、いつだって正直です。
「よろしくおねがいします!」と大きな声で先生へのごあいさつ。
元気あふれるその声に、じっとしてなどいられない、そんな子どもたちのエネルギーを感じました。

さて、先生も子どもたち同様に裸足になって、ひざあたりまでズボンをまくり上げました。
ではいつものように、先生がまずは「ボディペイント」のお手本を示します。
用意した容器の中の絵の具に筆を浸し、ぐるぐるとかき混ぜながら、先生自身の左足をゆっくり子どもたちの前に差し出します。次に、絵の具に浸した筆で、そのつま先からすねのあたりまで、地肌に直接幾何学的な模様を描きだしました。それも迷うことなく、一気に。
子どもたちは、先生がいきなり自分の足に模様を描いたことに、ただただびっくりです。
そんな子どもたちをよそに、今度は右足を出し、同じように地肌に模様を描きました。
描き上げると今度は、その模様だらけの両足を強調するようにバタバタと動かし、子どもたちの周りを駆け回って、飛んだり、跳ねたり。
子どもたちはそれを見て、キャッキャッ、キャッキャッと大騒ぎ。なぜって、動き回る先生の足は、なんだか別の生きものが暴れているように見えるからです。でも、足に模様を描いただけなのに不思議です。
しばらく興奮して騒いでいた子どもたちも、ここまでやれば、さすがにもう慣れたもの。
「ボクもやりたい!」「ワタシもやる!」と、いつもの“やる!やる!コール”の大合唱です。

体感した「アート表現」は、夏の想い出として記憶に残ります。

いよいよ「ボディペイント」のはじまりです。
おそるおそる筆先を手につける子、速攻で両足を塗りはじめる子、無我夢中で模様を描く子、絵の具をぐちゃぐちゃにこねまわす子。やり方に決まりはありません。自分のペースで、自分の思うように、自分の好きなところに描いたり、塗ったりすればいいのです。だって、キャンバスは自分自身の〈からだ〉なのだから。

最初は年中クラスの子どもたちでしたが、短時間のうちにほとんどの子の両手両足が、カラフルな模様で埋めつくされました。はじめのひと筆に迷っていた子も、周りの勢いに押されてか、やりはじめたら止まらずにあっという間に模様だらけです。
遠くから眺めると、半袖や半ズボンだった子どもたちが、まるで色とりどりの長袖や長ズボンをはいているようでした。 足もとも裸足のはずが、いつの間に靴下をはいたの?それとも靴?えっ、それ絵の具なの!?・・・なんてマンガのような光景に大笑い。
なかにはつま先からももの上まで、片足全部真っ白に塗った子もいました。クルっと回転をすれば、バレリーナの白いタイツを思い出します。
自分の手足だけでは満足しなかったのか、着ているTシャツにまでいくつもの模様を描きだした子もいました。

年長クラスの子どもたちは、曲線や幾何学模様より、具象的な絵を描きこむ子が多くいました。
ひとまず、何を描こうかな、と考えてから描きだします。
数人の女の子は、指の爪にいろいろ色を上手に塗りました。これは、お母さんの影響かな? 手くびにブレスレットや時計を描く子もいます。いま何時ですか?と思わず声をかけました。
腕に大好きなアニメのキャラクターを描く子や、両足一面に花や樹木、太陽など自然の風景を描きこむ子もいました。
そのうち数人の子どもたちが、半袖姿の保育士の両腕に、余すところなくびっしり絵の具を塗りはじめました。
「かわいいね」「きれいだね」などと子どもたちに言われては、保育士も自らキャンバスとして応じるしかありません。でも確かに、それは素敵なアートでしたし、子どもたちの豊かな発想力とセンスの良さに思わず脱帽です。

いずれのクラスも、完成後はひとりひとり台の上に立ち、「ボディペイント」の発表会です。どの子の手足も個性的で鮮やかにペイントされ、前衛的な絵画作品か、最高にオシャレな衣服をまとっているようでした。最後にとっておきのポーズを決めて、今日のワークショップは終了です。

その後、子どもたちはからだに描いた絵や模様を、シャワーできれいに洗い流しました。
からだに描かれた「ボディペイント」は消えましたが、体感した「アート表現」のおもしろさは、この先ずっと大切な夏の想い出として記憶に残ることでしょう。

世界大会も開催される「ボディペイント」は、おとなも楽しめます。

さまざまなイベントやテーマパークで、またはサッカーなどのスポーツ観戦で、自分の顔に国旗や愛らしいマーク、キャラクターなどを描いているひとを見たことがありませんか?
これらは顔に描く「フェイスペインティング」といいますが、これも「ボディペイント」のひとつです。
または地方で、自分のお腹全面にひとの顔を描き、本当の顔は編み笠などに隠して通りを練り歩くという愉快なお祭りがあります。そのお腹を揺らす、膨らますなどして動かすたびに、描かれた顔が変形するので、見るひとたちの笑いを誘います。これだって「アート表現」としてとらえれば、まさに今回のワークショップのテーマである、自分の“からだに絵を描こう!”だと思います。
いまでは「ザ・ワールド・ボディペインティング・フェスティバル(World Bodypainting Festival)」という、世界で最も美しく華やかなボディペイントを決める国際大会も毎年オーストリアで開催されています。 「ボディペイント」は子どもばかりか、おとなも楽しめる「アート表現」です。ぜひ一度、お子さまと一緒に楽しんでみてください。意外に、自宅で簡単にできるストレス解消法かもしれません。

ドキュメンテーション

夏の終わり、まだ気候が寒くならないうちに、思いきって、心と身体を解放する絵の具遊びを行います。
絵の具には、ボディソープを混ぜることで、洗う際に簡単に落とすことができます。
最初から思い切り汚すのでは なく、ゆっくり開放的な方向に向かいます。
無理なく、個人のペースを大事にしながらやりたいと思います。

written by OSAMU TAKAYANAGI

【にじいろWS 2021-7月】廃材ロボット計画

2021年8月11日 水曜日投稿

工作用の廃材は、日常生活にあふれる〈アート〉から。

今回のワークショップは、どこのご家庭にもある紙製の廃材を利用した工作です。
特に立方体や円柱など、形のあるものを主な材料としました。
たとえば、牛乳パックやお菓子などいろいろな食品が入っていた箱、日用品に使用された容器、トイレットペーパーやラップ類の芯といった、日常生活にある大小さまざまな紙製の空き箱やそれに類するものです。
通常なら可燃ゴミかリサイクルとして、日々大量に処分されていくものばかりです。
でも、それらを改めてよく見みてください。ひとつひとつに施されたデザインや色彩、形状などが、使うひとに好印象を与え、利便性も高く、またそれぞれに個性的な魅力を放っていることに気づくはずです。
そう、これらはみな、いわゆる「パッケージデザイン」という、広義での〈アート〉でもあるのです。
そこで今回は、この身近にある廃材=〈アート〉を用いて、子どもたちの感性や発想力で工作をしてもらいました。

コレカラ、『廃材ロボット計画』ヲ、開始シマス!

さて、まずは先生が1000mlサイズの牛乳パックを、左右の手にひとつずつ取り、それをロボットの足のように床に立てて、ぎこちなく右足、左足、と交互に動かしてみせます。一歩踏み出すたびに、「ギーガシャ、ギーガシャ、ガシャーン」と機械がきしむような音真似もそれに加えてみます。
少しずつ本物のロボットのように見えてきました。
さらに、その足部分に別の四角い空き箱をふたつ貼り合わせて、胴体と頭の部分をつくりました。それから、頭の部分の箱の表面にはペットボトルのキャップをふたつ貼りつけて、まんまるな目をしたロボットの顔が完成です。
ここまでつくれば、子どもたちの目の前で動くそれは、もはやただの空き箱のかたまりではありません。

「あ、ロボットだ!」と、子どもたちのなかから大きな声が上がりました。
「ホントだ、ロボットだ」と、つぎつぎに同様の声が飛び出します。
そこで先生が子どもたちに問いかけます。
「みんなもつくってみたい?」と。
もちろん、子どもたちはいっせいに「つくるっ!」の返事。
先生は、ロボットのような機械の声(?)を真似て
「ソレデハ、コレカラ、『廃材ロボット計画』ヲ、開始シマス!」

自分の感性で材料を選ぶ―それがなによりも重要なこと。

部屋の一角に、床が見えないほどさまざまな紙製の廃材がぎっしり並べられています。
子どもたちひとりひとりが、自分のつくりたいロボットの材料を選びます。どれを使っても、いくつ使っても自由です。ほかにもペットボトルのキャップやストロー、モール、色テープなども用意しました。
でも、選ぶのはあくまでも子どもたち自身です。先生も保育士も、一切指示はしません。
ひとりひとりが、丹念に自分の欲しい材料を探します。自分の気持ちや考え、好き嫌いで自由に選んでいいのです。それが、その子の持つ、自分だけの感性であり、個性ですから。

可愛らしい、きれいな箱ばかりを集める子がいます。おもしろい絵柄や変わった形の箱を選ぶ子もいれば、ハデで明るい色調のものを探す子、おとなびた雰囲気のある容器を手にする子、さらにはそれらすべてを一気に両手いっぱい抱える子もいます。
子どもたちはほかの誰でもない、自分という存在に目覚めはじめています。だから、なによりも子どもたち自身で材料を選ぶということ、ほかの子の真似はしないということが、このテーマでの工作にはとても重要なことです。

こうして完成したロボットは、一体一体が、まるで子どもたちひとりひとりの分身のようです。
それはそうですね、自分自身が納得して集めた材料ばかりで組み立てたのですから、どれひとつとして同じものができるわけがありません。
どんなことが起きてもビクともしない頑丈そうなロボット。
まるでペットのように散歩にでも連れていきたくなる4本足のロボット。
太くて長い腕がパタパタと上下に動くロボット。
大空を飛び回るための翼をつけたロボット。
なんでも食べてしまいそうな大きな口がパクパク開くロボット。
自分の身長を超えていく背高のっぽのロボット・・・などなど。
子どもたちの人数だけ、個性豊かなロボットが出来上がりました。
それぞれにたくさんの工夫が施され、見ている先生や保育士たちも感心したり、驚いたり、笑ったりと楽しい気分にさせてくれました。

最後に、子どもたちは自分のロボットをみんなに紹介しました。
そして、ワークショップの終わりに、先生がこんなことを言いました。
「きっと、今夜、みんなが寝ているうちに動きだすかも…」と。
子どもたちはみんな大声で笑いましたが、「そうなるといいなぁ」って誰かが言うと、それに同調して「いいなぁ」という声があちらこちらで聞こえました。

意識的に眺めれば、生活のなかにも〈アート〉がいっぱい。

一般的な生活用品のなかにも〈アート〉はいっぱい存在します。今回工作の材料となった紙製の廃材ですが、先にお話したように、市販されている商品を包装した箱や容器は、そのほとんどが商業デザイナーと呼ばれる専門職のひとたちによる「パッケージデザイン」というジャンルに属する〈アート〉です。ですから、それらを意識的に眺めることで、〈アート〉を見る目を養うことも、感性を磨くこともできますし、時には心を豊かなものにしてくれます。
美術館へ出かけて名のある作家の作品に出会うことも大切ですが、なにげない毎日の生活のなかでも、こうした〈アート〉に触れることができます。むしろ子どもたちには、今回のワークショップのように、日常のなかの〈アート〉に触れながら、自由な発想のもとで切ったり、貼ったりしてあそぶことの方が大きな刺激を受けるように思います。

ドキュメンテーション

生活の中から出る、廃材、箱、カップなどを用いカッコいいロボットを作る。
機能や働き方をイメージして素材の形、色、大きさに着目し、イメージを膨らませて製作する。
準備:牛乳パック、またはお菓子やそのほか色々なものが入っていた空き箱、カップ、ペットボトルの蓋など、日常生活のなかから出た廃材。

written by OSAMU TAKAYANAGI

【にじいろWS 2021-6月】テラスで描こう 透明なキャンバス

2021年7月12日 月曜日投稿

 

キャンバス(canvas):油絵具やアクリル絵具などで絵を描くときに用いる布(画布)。

こんな「キャンバス」、見たことない?

通常、子どもたちが保育園でお絵描きをする場合は、スケッチブックや画用紙を用います。おそらくどこのご家庭でも同じでしょう。
なかには、使用済みの壁掛けカレンダーや大きな包装紙の裏側を使います、というご家庭があるかもしれません。それはそれでとても良い活用方法ですし、そんな風にさまざまな用紙を使ったら、子どもたちの創作意欲がより高まること間違いなしです。
でも、まさかとは思いますが、住居の窓ガラスや壁面にお絵描きをさせています、といったご家庭はないでしょうね・・・!?
今回は、そんな〈まさか〉、というような、通常では用いることのない「キャンバス」にお絵描きをするというワークショップです。

いつもの外通路や外階段が、「アート」の舞台に。

当園の2階から園庭に通じる外通路と外階段といえば、誰にとっても見慣れた建物の一部です。
子どもたちにとっても、そこは園庭へ行き来するための通路であり、遊ぶための場所でしかありません。
なので、2階のテラスから外通路の中央に集合した子どもたちは、これからここでなにをするのかな?とみんな少々とまどった表情をしています。

「それじゃ、はじめようかな」と先生が青い絵具に筆を浸して、あろうことか外通路を囲うガラスの壁面にゆっくりと小さなさかなの絵を描きだしました。
すると、「うわぁ~」と子どもたちはいっせいに目をまるくさせて、驚きの声を上げました。
こんなところに絵を描いちゃっていいのかな?叱られないのかな?と、どの子の顔にも「?」マークがいっぱいです。

大丈夫だよ、今日はこの透明なガラスの壁面が、みんなのキャンバスだから!
そして、この外通路と外階段が「アート」の舞台になるのです。

 

ガラスの向こうの景色も、ひとの心も、「幸せ色」に塗りました。

まず外通路エリアのガラスの壁面に向き合いながら整列したのは、4歳児クラスの子どもたちです。
そこで、ひとりひとりに絵具の入ったコップと筆が渡されました。絵具の色は各自で好きなものを選びます。

最初は、「ほんとに描いてもいいのかな」という気持ちからか、絵具のついた筆先を目の前のガラスの壁面におそるおそる押し当てていました。しかしそれも束の間、ガラスの壁面からその先に見えている景色までもが、緑、赤、黄、青色、さらにはそれらが混ざって生まれた新しい色で少しずつ塗りつぶされていくと、もう誰ひとりとして迷うことなく競い合うように描きだしました。

続く5歳児クラスの子どもたちは、外階段エリアの、同じくガラスの壁面がキャンパスです。
2階から外階段へ向かう途中で、外通路のガラスの壁面にびっしりと描かれた絵を見ながら「へ~すごいなぁ」「なんだか、おもしろそう」と、描きだす前からわくわく感が抑えきれないようす。
先生がお手本に怪獣の絵を描くと、それを見定めるやいなや、待ってました!とばかりにそれぞれがそれぞれの思いのままにお絵描き開始です。
透明だったガラスの壁面が、みるみるうちにさまざまな色と形で埋め尽くされていきました。

どちらのクラスの子どもたちも、自分の選んだ色に飽き足らず絵具の色(コップと筆)を交換したり、同じ壁面に数名が集まって大きな絵を共作したりと、後半はもう目の前のガラスのキャンバスに筆を走らせることに夢中です。

そうそう、これは余談ですが、1階のテラスや園庭で遊んでいた1~3歳児の子どもたちが、外通路や外階段でなにやらにぎやかにお絵描きをしている光景に目を止めると、自分の遊びをすっかり忘れてしまったようにずっと眺めていました。そのうち、どんどんガラスの壁面に広がっていく絵を見ながら手を叩いたり、指をさしたり、大きな声で笑ったり。
描いている子どもたちも、それを眺めている子どもたちも、誰もがみんな〈幸せな時間〉を共有しているように見えました。実は、そばで見守っていた園長や保育士も同じような気持ちだったかも。
それって、最高に素敵ですね。きっと、それこそが「アート」の持つ力なのかもしれません。

 

大切なのは、こころのキャンバスを学ぶこと、それを体験すること。

普通は〈しちゃダメ〉と言われるような、そんなお絵描きを思う存分楽しむことも大切な体験です。
「決められた用紙だけが、そのためのキャンバスではないよ」ということを学んだことが重要です。なぜなら、子どもたちが持っているこころのキャンバスは、おとなが想像するよりはるかに自由で無限大だからです。
一見ささいなことのようですが、それを自ら体験して知ることが大事です。
また、ガラスの壁面に筆をなでつける感触は、スケッチブックや画用紙とは明らかに違います。堅いけれど、滑るようになめらかで、今まで味わったことのない不思議な感触です。それだけでも子どもたちにとっては、記憶に残る貴重な体感を得たはずです。

ドキュメンテーション

保育園のテラスは気持ちの良い透明なキャンバスに変わります。筆でえがく、絵の具の痕跡が美しく見えます。
描いている側も外で見ている側も楽しい 。保育園が子どもたちのカラフルな絵で飾られて行きます。

written by OSAMU TAKAYANAGI

過去のにじいろワークショップの記事

【にじいろWS 2021-5月】春の妖精になろう

2021年5月20日 木曜日投稿

いま「発想力」を育てるということ。

「発想力」とは、なにか新しいことを生み出す力です。それは、学校においても、職場においても、実社会で生きていく上で常に求められる重要な要素です。でも、それは決して特別な力ではありません。誰もが本来は持っているものです。特に、その能力は幼いころに芽を出します。それを大切に、ゆっくり、大きく育てることができれば、きっと、そのあとの人生に役立つスキルとして大いに活かされるでしょう。
今回は、そんな子どもたちの持つ「発想力」の芽を、遊びながら、楽しみながら、大きく育てていくためのワークショップです。

先生の〈おはなし〉から、あっという間に想像の世界へ。

子どもたちがテーブルにつくと、先生はこんな〈おはなし〉からはじめました。
「春になると、新しいいのちが生まれるよね。草や花の芽が出て、それから虫たちの小さなたまごからも・・・」。
先生は〈おはなし〉に合わせるように小さくうずくまり、たまごのような態勢から少しずつからだを伸ばしていき、最後はパッと大きな花が咲くように全身でいのちの誕生を表現しました。
子どもたちも先生の〈おはなし〉に合わせて小さくうずくまり、それから一気に立ち上がって、元気いっぱいにジャンプ!
その瞬間、子どもたちは先生の〈おはなし〉で誘った、想像の世界に入り込みました。
さてさて、ここからが今日のワークショップの、ほんとうのはじまりです。

たまごから飛び出した小さないのちは、どんな姿になるのかな?

子どもたちの前には、色とりどりの王冠のような輪があります。これは保育士が子どもたちの頭に合わせてたくさん作りました。
それから長方形に切られた大きなビニールとすずらんテープ(非粘着)、装飾用モールなどもあります。
どれもがブルー、ピンク、イエロー、グリーンなど鮮やかな色のものばかりです。
そうそう古新聞、ストロー、折り紙、輪ゴムなどなど、どこの家にあるよう素材もいっぱい用意しました。

子どもたちは、まず頭にかぶる王冠を選びます。
王冠も選んだ色や飾りつけによってさまざまに見えます。
次にからだにまとう素材を選びました。
大きな長方形のビニールを手に取ると、マントにする子、羽に見立てる子、その色によって透けて見える世界も変わります。もちろんビニールにもいろいろな飾りつけをしました。
おやおや、古新聞をぐるぐると身体中に巻きつけた子もいますね。
みんな独創的で、個性的ないでたちに大変身です。

古新聞を丸めて剣(つるぎ)にしている子が、ビニールのマントを背負って雄々しく戦士のようなポーズをとっています。
ビニールの羽をパタパタ広げながら、ちょうちょうのように飛びまわる子もいます。
ストローにモールやテープを巻きつけて、どうやら魔法のスティックができあがったようです。それをクルクル回して、「妖精」になったよ!と満面の笑みをうかべる子もいます。
そう、もうここには誰ひとりとして、ひとつとして、同じいでたちをした子どもはいません。おもしろいですね、誰もが同じ素材を使っているのに・・・。

実は、朝からあいにくの雨模様でしたが、この教室だけは太陽がさんさんと満ちた、新緑がまぶしい森の中にいるようです。
ワークショップの終わりは、みんな思い思いに教室から廊下へとうれしそうに羽ばたいていきました。

日常の生活から「発想力」を伸ばしましょう!

「発想力」は、子どもなら誰もが持っている資質です。そして、何気ない毎日の暮らしからそれは伸びていきます。なにも難しいことではありません。子どもが自発的にやりたいということに対して、おとなの固定観念や常識といった尺度でとらえず、まずは子どもの思いつくまま自由にやらせてみてください。例え思うようにいかずに失敗しても、なるべく手を貸すことやアドバイスはひかえてください。何度でも思うにまかせてチャレンジしていくなかで、子どもたちの「発想力」は鍛えあげられていきます。今日のワークショップのように、特別なモノや的確なテキストなどがなくても、子どもたちは持ちうる「発想力」を駆使して、十分に想像の世界で遊ぶことができるのですから。

ドキュメンテーション

春の妖精になろう

新しいエネルギーに満ち溢れ、柔らかい草木の芽や、虫たちも活動的です。そんな春のエネルギーを身にまとい、花や蝶、虫になって春の空気に飛び出します。カラービニールや新聞紙紙テープなどを自由に体につけて、春の虫や花に変身します。

written by OSAMU TAKAYANAGI