【にじいろWS 2023-6月】紫陽花色のテキスタイル

2023年6月21日 水曜日投稿


長雨に気持ちも沈みがち、でも今回はそれを楽しんじゃいます

梅雨時は、一年のなかでも心身ともにもっとも沈みがちなとき。
季節の便りに「長雨の候」と書き出すように、雨の日ばかりが続きます。
ぽつぽつ、しとしと、ざーざーというおなじみの擬声語が飛び交うのも、この時期ならではのことですね。

そんな雨景色のなか、私たちをひときわ魅了する植物といえば、誰もが迷うことなく紫陽花(あじさい)と言うでしょう。
明治時代の有名な歌人・正岡子規(1867- 1902年)も、梅雨の雨と紫陽花を眺めてこんな句を詠みました。

〈紫陽花や 壁のくづれを しぶく雨〉

なにげない情景描写ですが、その光景がありありと浮かんできますし、自然への想いというものが100年以上前の歌人といまの私たちと何ら変わらぬことに驚きます。
この季節は家の庭や近所の公園、または社寺、学校の花壇など、いたるところで目にします。
当園にも入口付近から玄関口に続く通路に、花や葉に雨粒を湛えた鮮やかな紫陽花が並んでいます。
その美しい佇まいは、子どもたちの送迎を毎日やさしく見守っているかのようです。

そこで今回のにじいろワークショップは、梅雨と紫陽花をイメージしながら「紫陽花色のテキスタイル」をつくります。
テキスタイル(Textile)とは、日本語で言えば織物や布地のことですが、ここでいうのは糸によって織り込まれた繊維製品そのものではなく、そこに描く(染める)などしてデザイン的な装飾を施した、いわゆるアートとしてのテキスタイルです。

にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生は、
「さまざまな雨によって聴こえかたの違う雨音、その雨のさま、そしていまの季節に咲く紫陽花の色彩などを五感でとらえて、子どもたちなりにそうした自然の在りようを素直に一枚の布へ写し取ってくれたらいいかな」
と話していました。
そうですね、理屈はさておき、子どもたちには新しいアートワークを存分に楽しみ、しっかり体感してもらうことが一番ですから。

「さらし」に「染料」、準備も試行錯誤・・・初ものづくしのワークショップです

今回の創作内容ですが、実は当園で行うのは初めてです。
なので、まずは使用する画材について簡単に説明しておきましょう。

画布となるのは「さらし(晒)」です。
それに筆で絵や模様などを描いていくのですが、その彩色の材料は「染料」です。

さらしは、綿100%・長さ10m・幅34cmのものを年中・年長クラスそれぞれ2本ずつ、計4本使用します。
さらしという素材は漂白された純白の織物で、主な用途は、身近なことでは台所で調理をする際の水切りなどとして使用しますし、古くから妊婦の腹帯や乳児用の肌着、おむつなどにも用いられ、または着物を着付ける際の補正などにも重宝がられています。
衛生的で肌触りが柔らかく、通気性・吸湿性や耐久性に優れているというのがその理由のようです。
彩色の染料ですが、子どもたちが直接肌に触れても安心なものを十分に吟味してそろえました。
もっとも現在では人体への影響がなく、有害指定化学物質を含まない新しいエコ染料が一般的です。
これに染料を取り分けるボール(色数分)や筆洗器、筆と染料を入れる紙コップなどを用意しました。

そして実施場所ですが、創作内容や展開などを考慮すれば屋外で行うのが最適です。
しかし梅雨時なので、室内で行うのもやむなしとあれこれ思案していたのですが、なんと、日頃の行いの良さでしょうか、ワークショップ当日はまさに梅雨の晴れ間となり、屋外での実施となりました。
それも前回に続き、園舎と隣接する送迎用の駐車場です。
雨続きで思うように園庭での遊びができなかったせいでしょうか、屋外の広い駐車場というだけで、年中・年長両クラスの子どもたちのテンションは急上昇です。
もちろん梅雨の晴れ間は温度も高くなりますから、熱中症対策に帽子とタオル、各自の水筒は必需品です。

場所(駐車場)が決まれば、そこでの準備にも触れておきましょう。
あらかじめ先生と保育士たちで駐車場に2脚のテーブルを用意し、駐車場の端(奥)と端(手前)に1脚ずつ対極になるよう置きました。
その対極に置いたテーブルとテーブルとの間隔は、距離にしておよそ10m弱。
つまり、1本10mのさらしをまっすぐに伸ばしたとき、さらしの両端を対極に置いたそれぞれのテーブル上に粘着テープで固定することができるということです。
こうして2本のさらしを、線路のレールのように平行にまっすぐ伸ばして両端のテーブル上に固定しました。
まるで、対極にある岸と岸を結ぶために架けられた長い橋のようです。
これで最初の準備は完了したのですが、年中クラスの子どもたちで行った結果を踏まえ、年長クラスのこどもたちはこの設定を若干変更し、さらしをまっすぐに伸ばして、対極に置いたテーブルへの固定ではなく、そのまま地面にさらしを置いて、ピンと張った状態のまま両端を地面に直接粘着テープで貼り付けました。
年中クラスでは、子どもたちが一斉にさらしに描きはじめた途端、宙に浮いた状態を保つのが厳しくなって、大きなたるみやよじれが出てしまい、しっかり固定していたはずのさらしも幾度が地面に落ちてしまったのです。
見るとやるとは大違い、とよく言いますが、初めてづくしのワークショップは、画材選びも準備も、あれやこれやと試行錯誤の連続です。

初めての挑戦ながら、すてきな〈アート〉作品に仕上がりました

準備もすべて整い、いよいよワークショップ開始です。
最初は年中クラスですが、その子どもたちの目にいきなり飛び込んで来たのは、駐車場の真ん中にまぶしいくらいの純白な長いさらしが2本。それも端から端まで宙に浮きながらまっすぐにピンと張られ、ときおり風に揺れているなんとも奇妙な光景でした。
これに驚くな、という方が無理というもの。
子どもたちがその瞬間どのような反応をしたか、言うに及ばず、です。

いつものように先生はそんな子どもたちを集めて、今回のワークショップについて話しはじめました。
先生は頭にかぶっていた1本の長方形の繊維製の手ぬぐいをほどいて子どもたちに見せ
「これは布で出来ているのはわかるよね?みんなの周りにもこんな布でできたものがたくさんあるでしょ」
そして今度は宙に浮いた2本のさらしを指して
「みんなの目の前にある、あの長~い真っ白なものもそうです」
子どもたちはすばやくさらしに視線を移し、大きく頷きました。
それから再び先生は自分の手ぬぐいをひろげ
「でも、先生のは、ほら、きれいな模様が入っているでしょ、でもこっちの布は真っ白で何の模様もないよね」
先生はさらに続けて
「そこで、今日はみんなにこっちの真っ白な布に模様を描いてもらいます」
子どもたちはようやく今日の趣旨を理解したようです。

先生は次にピンと張られた1本のさらしの中央に子どもたちを集め、初めて使う染料についての説明と、どのように描くのか、そのお手本を見せました。
染料の入ったコップに絵具用の筆を浸してなじませると、その筆先をゆっくり真っ白なさらしの上に押し当てます。
筆使いはいつもと違い、すべらせるのではなく、じっくりと染料がにじむように押し当てます。
筆を押し当てた真っ白なさらしのその個所に、染料がじわじわとにじんでいくのがわかります。
子どもたちは先生の筆使いや、染料がさらしににじんでいくようすをしっかり頭に焼き付けました。

そこで先生は、やはりあらかじめ摘んでおいた園に咲く紫陽花の花や葉を子どもたちに見せてこう言いました。
「今回みんなに描いて欲しいテーマは、梅雨時の美しさやこの時期に咲く紫陽花のイメージです」
紫陽花を描くもよし、その花や葉のイメージを色やかたちで表現するもよし、それは子どもたち一人ひとりに委ねました。
先生の説明を見聞きすると、子どもたちは2本のさらしを挟み二手に分かれ、各自割り当てられたさらしの位置に立ちました。

さあ、これからいよいよ初めてのアートワークに挑戦です。
年中クラスの子どもたちは、やはりワークショップの経験も浅いので初めての道具になれること、絵を描くことというふたつのチャレンジがなかなか思うようにはいきません。
それでも、個人差はあるものの、どの子も少しずつ布に〝染める〟ことの面白さがわかってきたようです。
みるみる真っ白なさらしは子どもたちの描いた模様で鮮やかな色彩に染まっていきました。

 

さすがにワークショップ二年目となる年長クラスの子どもたちは、さらしに筆を押し当ててにじませる技術やその要領を得るのも早いです。
それに、年中クラスの子どもたちには描けなかった紫陽花もしっかり写し取る子がいましたし、なかには葉をさらしに押し当てて染料を上から垂らし、葉のかたちをさらしに写し取る子もいました。

子どもたちの成長は、その年齢と経験の重なりによるものだと思うのですが、アートワークにおける成長もまた、年齢と経験のひとつずつの確実な重なりがもたらすものだということを改めて感じました。

自ら自然のなかに入っていけるような、そんな感性を持ってもらいたい

年中・年長クラス共に制作した作品は、さらし全体を一度水で洗い流し、それを乾かして完成品となります。
今回は世の中にたった4本しか存在しない、素敵なオリジナル・テキスタイルが完成しました。
今後は園内を飾るタペストリーのような装飾品として、または園の各行事に園舎2階などから鮮やかな垂れ幕として掲げるのも良いかと思います。
誰よりも制作した子どもたちにとって、そうして事あるごとにたくさんのひとの目に触れるような使い方が一番うれしいのではないでしょうか。

先生はワークショップ終了後に、先に仕上がったテキスタイルを1本だけ園に咲く紫陽花と絡めて、早速アート表現として展示して見せました。
表現の仕方に決まりはない、常識を外すという魅せ方と言ったらいいでしょうか、即興でしたが思わずおもしろい空間アート体験をさせてもらいました。

では最後に、そんなユニークな発想を自ら楽しんで実行する松澤先生に話しを伺いしました。
「子どもたちにとっては染色という初めての体験でしたが、屋外でやれたことで、太陽の陽射しや空の色、ときおり吹き抜ける風、子どもたちの手元に落ちるひとの影など、つねに自然を感じながらアートができたこと、それに勝るものはないですから、それがほんとうに良かったです」
自然を意識しながらアートに関わることのすばらしさは先生がいつも話されていたことだったので、参加した子どもたちはもちろんですが、サポート役の保育士たちにとっても貴重な体験になったと思います。

さらに先生は、いま再びこの本に感銘を受けている、と言って一冊の本を見せてくれました。
それは、レイチェル・カーソン(Rachel Louise Carson、1907 – 1964年)著作の『センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)』です。
作者をご存知の方も多いと思いますが、アメリカの海洋生物学者であり作家です。
この著書は、1965年に彼女の没後出版されたもので、幼少時から自然の不思議さや素晴らしさに触れることの大切さを語り、自然環境の重要性を訴えています。
先生はその本をさらさらと繰りながら
「自然の中にある神秘的なものに触れることで、どうしてだろう?とか、なんてきれいなんだろう!とか、人工でつくられたものじゃないからこそ受ける刺激に感動することっていっぱいあるでしょ。だから子どもたちにはそういう感性を養っておとなになって欲しいんです。そのことできっと、人工的につくられたものではない、もっと自然に満ちた豊かな発想でものごとを考えられると思うんです」
そう話しました。
先生は子どもたちへの指導においても常々こう言っています。
「風の音や、空の色や、雲のかたち、それから季節ごとに放つ植物の匂いなど、自然のもつあらゆるきらめきなどを感じ取って、自ら自然のなかに入っていけるような感性を持ってもらいたい」

レイチェル・カーソンもその著書のなかで、こう書いています。
「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。(中略)もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性』を授けてほしいとたのむでしょう」
また、彼女はおとなである私たちにこんな言葉を投げています。
「もし、あなた自身は自然への知識をほんのすこししかもっていないと感じていたとしても、親として、たくさんのことを子どもにしてやることができます。たとえば、子どもといっしょに空を見あげてみましょう、そこには夜明けや黄昏の美しさがあり、流れる雲、夜空にまたたく星があります」

私も本棚に眠ったままの彼女の著書を、もう一度じっくり読み返してみようかと思いました。

(※引用文は、佑学社『センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)』上遠恵子訳による)

ドキュメンテーション

紫陽花色のテキスタイル

季節は、ちょうど、梅雨。紫陽花の似合う季節です。保育園にも美しい紫陽花がたくさんです。今回は、梅雨の水のイメージと紫陽花をイメージしながら、テキスタイルをつくっていきます。
生活の中にある、服、カーテン、カバーなどなどすべての布製品はデザインされたものなのです。瑞々しい季節、サラシを紫陽花の色に染めて、オリジナルのタペストリーを完成させましょう。

written by OSAMU TAKAYANAGI