【にじいろWS 2024-02月】クラフト ドールハウス

2024年3月3日 日曜日投稿


『不思議の国のアリス』を出発点にはじまる、新たな物語を!

Alice was beginning to get very tired of sitting by her sister on the bank, and of having nothing to do・・・
アリスはお姉さんと土手に座りながら、なんだか退屈な気分。
するとそこに、服を着て懐中時計を手にひとりごとを言いながら
急いで走っていく白ウサギが現れます。
アリスは、とっさに白ウサギを追いかけました。
そして、白ウサギが飛び込んだ穴に、アリスも飛び込み・・・。

奇想天外なこの物語は、イギリスで出版されてから160年近く経った今でも、世界中の人々に愛されています。
原題を『Alice’s Adventures in Wonderland』―そう、邦題は『不思議の国のアリス』。
作者はイギリスの作家ルイス・キャロル(Lewis Carroll :1832-1898)/本名チャールズ・ラトウィッジ・ドドソン(Charles Lutwidge Dodgson)という数学者でもありました。
今日までに50か国以上の言語に翻訳され、本文を彩る挿絵は、初版(1865年当時)を担当したイラストレーターのジョン・テニエル(John Tenniel )をはじめ、200名以上の著名な画家が手がけています。
そのほかディズニーのアニメ映画『ふしぎの国のアリス』(1951年公開)などの映像化や舞台化などさまざまな分野に影響を与えています。

なぜ唐突にこのような話からはじめたのかと言えば、本年2月に行われた当園の「発表会」で、年長クラスの子どもたちが演じたお芝居がこの『不思議の国のアリス』だったこと。

そしてさらに、その演目を聞いた瞬間、にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生はある有名なアーチストの手がけた絵本を想い出したということで、この流れにつながるのです。
先生のいう絵本とは、〈紙の魔術師〉と言われるアメリカのロバート・サブダ(Robert Sabuda)が創作したポップアップブック(しかけ絵本)版『不思議の国のアリス』です。
彼は物語を立体的にとらえ、独創的な飛び出すしかけとして一冊の書物のなかにアリスの世界観を見事に表現しています。この書籍は、しかけ絵本を世に知らしめると共に彼の代表作ともなりました。

今期最後のにじいろワークショップのテーマ「クラフト ドールハウス」は、こうしたさまざまな重なりに触発された松澤先生がイメージをふくらませてたどり着いたものです。
それでは、『不思議の国のアリス』を出発点にはじまる、新たな物語〈ワークショップ〉をどうぞ。

しかけ絵本へと続く道のりにイメージした「クラフト ドールハウス」

先生はこの一年を振り返り、こう話します。
「『木を立てよう』『山をえがこう・山をつくろう』で行ったように、一枚の〝紙〟でも丸める、折る、などの行為を加えることで立体物になるということを子どもたちに指導してきました。
つまり〝紙〟という画材は、平面に絵を描くためだけのものではないということを体感して欲しかったということですね。
そこで、今期の締めでもう一度〝紙〟を使った集大成的なワークショップを模索していました」

そうした先生の思いと合致したのが、今回のワークショップです。
先に触れたポップアップブック(しかけ絵本)こそ〝紙〟を使った立体の造形物としては究極のかたちかもしれませんが、そこをゴールに定めるには現実問題として子どもたちにとって無理があります。
それでも、そのゴールへと続く道のりから逸れず、子どもたちが容易に取り組めるものとしてイメージしたのが「クラフト ドールハウス」でした。
限定されたハウス(=一冊の絵本)のなかに、一枚の〝紙〟を丸める、折る、貼るという作業を加えること(=しかけ)で物語を立体的に構築できるという点では、ある意味共通しているのではないでしょうか。

こうして先生は具体的な準備に入りました。
はじめにハウス(部屋)づくりですが、工作用の厚紙の二辺の縁を折り、折られて重なる部分の一辺に切り込みを入れ、それが壁として立ち上がるように重なった部分を貼り合わせました。
これが、ひとりひとりの物語の舞台になります。
次に、その部屋に置く道具(例えば家具や家電、じゅうたんやカーテンなどの装飾品に至る暮らしを彩るもの)として、色画用紙から切り出したさまざまな形状やサイズの素材、それから色・模様の異なる折り紙などをたくさん用意しました。また、棒状に切った発泡スチロールや紙コップなどちょっとした素材も加えました。これらを使って、思い思いのハウス(部屋)につくり上げていきます。
その際に子どもたち自身でこれらを切ったり、貼ったりできるようにハサミやのり、ボンド、セロテープなども作業机に置きました。そうそう、色付けをするための色鉛筆やサインペンも。

最後に、そのハウス(部屋)の住人である物語の主人公(ひと型)を、やはり1枚の〝紙〟から切り出しました。
ひと型はシルエットのみですから、男の子とも女の子とも言えませんし、スカート姿のひと型からアリスを模しているようにも見えますが、それも断定はしません。そのひと型に自分自身を投影しても、お友だちでも、またはまったく架空の誰かさんを想定してもよいのです。
いずれにしても、思い思いの顔や服装を描いて、自分だけの物語の主人公をつくり上げていきます。
そして、もうひとつ・・・そのひと型の裏面に先を1~2cmほど折り曲げたストローを貼り付けます。
ちょうど折り曲げた部分をひと型の裏面にセロテープなどで留め、長く伸びたストローの端を指でつまんでちょんちょんと動かせば、その揺れであやつり人形のようにひと型が動き出します。
立体感に動きも加わり、ますます物語はひろがりをみせるでしょう。
これですべての準備は整いましたので、いよいよワークショップ開始です。

より人間らしいひと型と、終わりのないハウス(部屋)づくり

最初にホールに集まったのは年中クラスの子どもたちですが、今期最後のワークショップとなります。
はじめて参加した頃はアート活動への関りに戸惑うことばかりでしたが、いまでは誰もがすっかり馴染んでいますし、それどころか毎回毎回積極的に関わっています。
絵を描くことはもちろんのこと、折る、切る、貼るなど基本的なことはお手のもの!といったところですから、一年間の成長というものがもっとも見られたのではないでしょうか。

先生は、いつものように冗談を言いながら子どもたちを和ませ、先日行われた「発表会」でのお芝居の話などをはじめました。年中クラスの演目は『不思議の国のアリス』ではありませんが、年長クラスに負けない演技力を存分に発揮した最高の舞台だったようです。
そんな話のタイミングで、先生はロバート・サブダが創作したポップアップブック(しかけ絵本)版『不思議の国のアリス』を子どもたちに見せました。
この絵本は園が所蔵するもので、1階のブックラウンジにありますが、さすがに取り扱いが難しいので職員と一緒に楽しむ絵本として保管されています。
なので、普段簡単に見ることができないせいか子どもたちは大喜びです。しかも、つい先日の「発表会」で年長クラスが演じた物語ですから、余計に興味がわいたのでしょう。

それから先生は今日のワークショップ「クラフト ドールハウス」について語り出しました。
先にも記したように、年中クラスとはいえ、さすがにもう細かく、くどくどと説明する必要はありません。
具体的な制作の手順や材料を紹介して自ら実演すると、手はじめにひと型の制作を行うように指示をしました。
子どもたちは黙々とその作業に取りかかると短時間で次々に完成させ、先生や保育士にストローを付けてもらいました。
どの子もストローを動かして、器用にひと型をあやつっています。
顔も服装もしっかり描かれたひと型は、なんだか生きた人間が人形を演じているかのようです。

先生は、全員がひと型をつくり終えるのを確認すると、仕上げにハウス(部屋)づくりの紹介とその実演を行いました。

「床に花柄のじゅうたんを敷きましょう」
「窓や扉を壁につくり、そこには明るいあお色のカーテンを付けたいなぁ」
「テーブルも、ベッドも置かないと」
「でっかいテレビだって欲しい」
子どもたちは、思いつくまま、ほんとうに自分だけのハウス(部屋)をつくっていきました。
そこに現れたハウス(部屋)は自分の理想でしょうか、それとも、そのなかで動き回るひと型の主人公にふさわしい空間なのでしょうか。
すでに子どもたちはそのハウス(部屋)のなかで、ふたつとない独自の物語を構築していました。

 

終わりの時間が近づき、先生は最後にそれぞれのハウス(部屋)をひとつの場所に集めました。
その光景は、まるで集合住宅のようです。見ているうちに、この社会に存在する実際の一軒一軒を俯瞰でのぞき見しているように思えました。
子どもたちは、友だちがつくった部屋に自分のひと型を遊びに行かせたりして、現実の日常と変わらないように笑ったり、おしゃべりしたりと楽しそうでした。

この「クラフト ドールハウス」は、完成というものがありません。ひと型を代えることでハウス(部屋)の様子も一変しますし、また逆もあります。
先生は子どもたちに、それぞれの作品を自分たちのクラスに持ち帰るように言いました。
担当の保育士が、続きを制作したいひとは、時間を見てつくり続けていいよ、と言ったので、子どもたちは先生へのあいさつを済ませると、それぞれの作品を大事に抱え、勇んでホールを出ていきました。

後日、主任保育士から聞いたのですが、その作品は年中クラスの棚に保管され、いまも自由遊びの時間に毎日続きを作っている子どももいるとのこと。果たしてどんな物語が展開しているのか、とても気になります。

さて、年長クラスの番です。今回もワークショップの進行過程は年中クラスと同じです。
でも大きく違うのは、今日このワークショップが年長クラスの子どもたちにとって最後になるということです。

先生はやはりロバート・サブダの『不思議の国のアリス』を子どもたちに見せました。
さすがに子どもたちの反応は上々で、すぐさま自分たちが「発表会」で演じた話しで盛り上がりました。

しばらくして先生は年中クラス同様にワークショップのテーマについて、その具体的な制作の手順や材料を紹介して自ら実演してみせました。
そしていつものように、年長クラスの力量に応じてハウス(部屋)自体への切り込みや装飾もより複雑なものにしてよいということを告げました。
子どもたちは、このワークショップで二年間培った経験を活かしきってやる!そんな意気込みをもっていたのか、それともいつものようにマイペースで臨んでいたのか、それは本人以外には知る由もありませんが、誰もが最後の瞬間まで真剣に、かつ最高の笑顔で完走しました。

年中クラス同様に、仕上がったハウス(部屋)をホールの一か所に集めて全員でそれぞれの作品を眺めました。
これまで幾度となく全員の作品を全員で鑑賞し、ひとりひとり自らの作品を紹介し、互いに感想を述べ合ってきました。それも、もうこれが最後です。
ワークショップ終わりに、子どもたちを代表して数人の児童から先生へ感謝の気持ちが送られました。
先生はそれに応え、子どもたちへメッセージを返しました。
「小学校へ行っても、絵を描くことを忘れないでね」
子どもたちは元気よくその言葉にうなずきました。

卒園と共に「にじいろワークショップ」からも卒業ですが、せめて先生の、この簡単だけれど普遍的な最後のメッセージはいつまでも胸に刻んでおいて欲しいと思います。

柔軟性のある柔らかな指導から信頼関係を築く、そして積極的な関りをもつこと

ワークショップを終えたばかりの松澤先生に話を聞きました。
「年長クラスの子どもたちはもちろん、年中クラスの子どもたちも舞台の上で物語を演じるという経験をした直後だったので、その感覚を忘れないうちに、文字で書かれた物語を立体的に表現(芝居)するのと同じく、自分の創作(想像)した物語を紙だけでいかに立体的に表現するか、ということにチャレンジして欲しいと思いました。
結果としても、良かったんじゃないですかね。もっともタイミングよく『不思議の国のアリス』という物語の力を借りることができたので、内容を説明する上ではそれが大いに助けになりました(笑)」
先生は半ばほっとしたようにも見えました。

ちょうどそこに園長も加わり、こんな話になりました。
「日頃、自分をアピールすることをしない子どもが、このワークショップの時間にかぎって自分を強く全面に押し出したりするんですね。きっと、この時間はそんな自分でいいんだ、っていう自分自身を肯定するなにかを感じているんじゃないのかな、と」
先生はそれについて、
「日常の指導はわりと決められた、そう誰でもできる〝レシピ〟のようなものがあるなら、どうしてもそれに頼ってすべて一律にしてしまいがちですよね。そうなると、それに合う子、合わない子というのが当然出てきます。でも私の場合は、どちらかといえば硬い方より柔軟性のある柔らかな方へ向かうので、その分、子どもたちも気を張らず、素を出しやすいのかもしれません」
そんなふうに答えました。そこで園長が、
「そうですね、私たちはどうしても決められたことに従っていくことが多いので、硬い方を選びます」
と苦笑いを浮かべて言いました。

先生はさらに、
「それは仕事上、仕方ないのかもしれません。でも、私のようにやっていると、逆に子どもたちから教えてもらうことや教科書などにはない新たな発見にも気づく、そんなことが多いです」
そう付け加えると、ふたたび話を続けました。
「習い事などによっては型にはめて指導することが必要になる場合があると思うんですね。むしろそうしなければ身に付かない、というような。
その点アート系はどうかといえば、一般的に自由度が高く、奇抜であればよい、というような風潮もありますが、〝自由〟という解釈は難しいもので、私がいくら柔軟性のある柔らかな方を選択する、と言っても、〝自由〟の意味をはき違えないように気をつけています。
また、子どもたちとの信頼関係があってこそ成り立つ〝自由〟の範囲があって、その範囲は絶対に超えないという意識を持たなければいけないと思っています。それがあるから、子どもたちもその範囲のなかで安心して、のびのびとワークショップに取り組めるんじゃないでしょうか。子どもたち自身も皮膚感覚のようなもので、その範囲内であればなにをしても許されるということがわかっていると思います」

そこで先生は少し間をおきながら、こう話しました。
「これは私見ですが、ワークショップに関わる保育士たちももっと積極的に関与して、それぞれが子どもたちと一緒に楽しんだり、はしゃいだり、一緒にアイデアをひねり出したり、現場でもっともっとおしみなく色々な面でサポートしていく、そんなふうであってもいいのかなぁ、と思います。そのなかで生まれる信頼関係って、日常のそれとはまた別なものになるかもしれません」
園長はすかさず、
「私も、本来そうあるべきかと思います。では、早速来期のワークショップからは、あらためて〝自ら参加する〟という意識をもって臨みます!」
と力強く答えました。

今期の「にじいろワークショップ」は、これですべて終了しました。
お世話になった職員のみなさん、そして松澤先生、お疲れ様でした。そして、来期もどうぞよろしくお願いいたします。

ドキュメンテーション

年長さんの今年の演劇は『不思議の国のアリス』。
そこで思い出したのが、ロバート・サブダの飛び出す絵本。
ポップアップの技法を使い、映像で見たアリスの世界の家やトランプが目の前に立体をして現れます。
紙を巧みに扱い、立体や空間までも表現してしまう紙の可能性をこれほど感じることはないでしょう。
今回ポップアップは少々幼児には難しい部分がありますので、紙の扱いや工夫に注目し、ごっこ遊びにつながるようなドールハウスを作り、自分だけの楽しいストーリーを展開させることを目指します。

written by OSAMU TAKAYANAGI