指で直接ふれた絵の具の感触や色彩など、それを五感に残すだけでいい
激しい雨、そして連日の猛暑、さらにはコロナの急増。
子どもたちにとっては楽しみな夏到来というこの時期ですが、なんとなく気分が晴れません。
こんな毎日では、子どもたちだってストレスが溜まるばかり。
そこで今回のワークショップは、からだとこころを自由にのびのびと解放し、思う存分アートを楽しむことができる〈フィンガーペイント〉を行いました。
〈フィンガーペイント〉とは、文字が示すとおり、手や指に直接絵の具をつけて、そのまま画用紙などに色を塗ったり、絵を描いたりすることです。またそうした指での絵画技法のことを〈フィンガーペインティング〉といいます。
少し専門的なことを言えば、〈フィンガーペインティング〉は1930年頃に医学療法の一環として紹介されました。その後、児童心理学者が「アートセラピー(※さまざまなアートによって心を癒やす治療法)」として導入したのがはじまりだといいます。
つまり、子どもにとって、こころの成長を促進する効果があるということです。
もちろん、今回のワークショップはそうした学術的な知識は一切不要です、これはあくまでも参考までに。
ところで、年長クラスの子どもたちは、昨年9月に〈ボディペイント〉というワークショップを体験しています。
それは自分の手足やからだをキャンバスに見立て、筆を使って色を塗ったり絵を描いたりしました。
でも今回は、筆の代わりに自分の指や手を使って大きな紙やそれに類するものに色を塗ったり絵を描いたりします。
一見どちらも同じようですが、表現する技法はあきらかに違います。
もっとも当の子どもたちにとって、それがどちらであっても気にとめる必要はありません。
いずれの場合でも、皮膚が絵の具から直接受ける感触や色彩、それによってふくらんだ想像力など、そうした体験で得たすべてのことが自分の五感にしっかり残されていれば、それだけでいいのですから。
手指だけで七色を重ね、大きな〝にじ(虹)〟を描こう!
今回、先生は〈フィンガーペイント〉を行うにあたり、一人ひとりでそれを楽しむのではなく、全員でひとつのテーマに基づいた作品を作り上げるということを試みました。
それは、「にじいろワークショップ」にちなみ、七色の絵の具を使って、大きな〝にじ(虹)〟を描こうというものです。
虹の色は一般的に、赤・橙(だいだい)・黃・緑・青・藍・紫の七色とされています。
それらは自然が織りなす色彩ですから、その色をすべてそろえるというのは不可能なので、先生はその七色に近い色をそれぞれ用意しました。
そして、一色ごとにチューブからひねり出した絵の具のかたまりを、色ごとに7つの容器に分け入れ、そのひとつひとつにボディソープ(※洗い落ちも早く、感触も滑らかに)を流し込みました。
7つの容器に入ったそれぞれの色の絵の具と白いボディソープをクルクルと筆でかきまぜると、みるみるうちにきれいな七色の液体ができあがりました。
これで七色の絵の具は準備完了です。
まずは年中クラスの子どもたちです。
2階のバルコニーが今日のワークショップの教室ですが、その床面に大判のクラフト用紙をいく枚かつなぎ合わせて作った超特大クラフト用紙を敷きつめました。
これが、子どもたちが今回描くキャンバス地です。
子どもたちはいつものごあいさつを終えると、一列に並びながらその超特大クラフト用紙のまわりをぐるりと囲み、ちょうど誰もが均等の間隔をとれたところで床に座りました。
「なにするの?」とみんなけげんな顔で、目の前にひろがったクラフト用紙を見わたしています。
先生はそんな子どもたちに、“にじ”のおはなしをしながら準備しておいた絵の具(最初は黄色)の容器を取り出し、子どもたちが囲むクラフト用紙の上、つまり子どもたち一人ひとりの目の前に色のしずくを点々とたらしていきました。
たらし終わった色のしずくもまた、子どもたちの目の前をぐるりと一周しています。
子どもたちはよけいにわけがわかりません。
次に先生は、目の前にたらした水たまりのような黄色の絵の具に自分の指先を直接入れ、絵の具の感触を楽しむようにゆっくりと指になじませると、いきなりその指をとなりのしずくへと滑らせていきました。
すると、目の前のしずくととなりのしずくが黄色の太い線で結ばれました。
「お~っ」とどこからともなく子どもたちのおどろきの声がもれます。
すっかりワークショップになれた子どもたちは、さっそくそれを真似て、となり同士の黄色の水たまりのようなしずくを指先だけで次々に結んでいきました。
となり同士の色のしずくがどんどんつながって、いつの間にか子どもたちの目の前にぐるりと大きな四角い黄色の帯が描かれました。
実はこのとき、年中クラスの子どもたちは初めてその指で、その手で直接絵の具に触れたのです。
無意識だったけど、その感触はきっと忘れないでしょう。
その次の色はみどりです。
同じように、ひとしずくずつ子どもたちの前にたらし、それを指でなぞってとなりからとなりへとつないでいきました。
こうして順々に七つの色の帯が重なって描かれていくと、いつのまにか子どもたちの目の前には大きな〝にじ(虹)〟が現れました。
子どもたちからは達成感に満ちた歓声があがりましたが、それもつかの間、〝にじ〟ができ上るやいなや、待ってました!とばかりに、余った絵の具を先生からもらって〝にじ〟の上へさらに色を重ねはじめました。
それも指先どころか手のひら、足の裏、そのうち全身でクラフト用紙の上を転がりながら・・・そりゃあもう容赦なく。
とうとう手作りの超特大クラフト用紙もボロボロに千切れて、あちらこちらでめくりあがる始末。
なかには保育士の手や足にまで絵の具を塗りだす子どもたちまで。
もはや全身絵の具だらけで、キャッキャッと大さわぎです。
でも、そんなほんとうに楽しそうに遊ぶ子どもたちを見て、先生や保育士も自然と笑顔になりました。
さすがに年長クラスは、より完成度の高いアート作品に仕上げました
年長クラスの子どもたちも、年中クラスと同様の手順ではじめます。
でも、やはり一年分の経験もあるし、手指に残る絵の具の感触もすぐさまよみがえってくるなずです。
そこで先生は、より完成度の高い大きな〝にじ(虹)〟を描くことを目標にしました。
年長クラスの子どもたちも2階のバルコニーが今回の教室ですが、そこには透明で大判の養生シートをやはりいく枚かつなげて作った、これまた特大の養生シートを敷きつめました。
これが年長クラスのキャンバスですが、紙に描きなれた子どもたちには新しい感触が得られたはずです。
子どもたちは、その特大の養生シートを囲んで座りました。
そして先生は最初に黄色の入った容器を取り出し、ひとしずくずつ子どもたちの目の前にある養生シートの上にたらしていきます。
その水たまりになった黄色の絵の具に先生の指先を差し入れ、ゆっくり指になじませると、その指をとなりのしずくへと滑らせていきました。こうすることで目の前のしずくととなりのしずくが黄色の太い線で結ばれます。
ここまでは、年中クラスとまったく同じです。
子どもたちがそれをはじめようとしたとき、先生は言いました。
「これから、この太い線を重ねて〝にじ〟をつくるんだからね、きれいな線で結んでいこうね、あわてずにゆっくりでいいから」
年長クラスの子どもたちには、描きだす前にテーマをしっかり伝えます。
それがしっかり理解できることを先生も、子どもたちもわかっています。
ほんの少し子どもたちの気持ちに緊張感が入ります。
でも、ただの遊びでは得られない気持ちですし、それがまた楽しさに深みを増します。
同じように七色の絵の具が順番に、ゆっくり重なっていきます。
年長クラスの子どもたちは、むずかしい理屈ではなく、アートへの取り組みを心得てきたようです。
誰ひとりとして、その色の重なりを邪魔したりはしません。むしろ、みんなで一色ごと、慎重に、そしてきれいに塗り重ねていきました。
そして、ほんとうに美しく大きな〝にじ(虹)〟が子どもたちの目の前に現れると、やはり歓声があがりました。
手指による繊細な作業によって、色と色の重なる部分に鮮やかなグラデーション(色調の段階的な変化)さえ見えています。
子どもたちも、その完成度の高い作品に満足気な笑顔を浮かべていました。
ということで、やはり最後はその完成された大きな〝にじ〟の上に、今度はそれぞれが自由に色を塗り重ねていくことに。
さすがにこうした場面でも年長クラスのこどもたちは半端ないです。
年中クラスの子どもたち以上に手足から顔、衣服まで全身絵の具だらけになって大あばれです。
こうなると、もはやはじまる前の子どもたちの面影などありません。
しかしそんな光景を、またしても先生や保育士たちはほほえましく眺めていました。
子どもが本来そうであるように、すべてから解放されて、飛んだり、跳ねたり、転げ回るという、ただ単純なそのことに感動さえ覚えるのです。
そろそろ終わりの時間です。では、最後に全員で写真撮影~ハイ、ポーズ!
年中クラスも年長クラスの子どもたちも、ワークショップ終了とともに絵の具だらけになった服を脱ぎ、気持ちよさそうにシャワーを浴びて手足や顔についた絵の具を洗いおとしていました。
夏のはじまりの、ほんのひと時の体験でしたが、きっといつまでもからだやこころの記憶として残ることでしょう。
こころとからだの解放、それが一番の成果かもしれません
子どもたちがよくおとなから叱られることに、「汚しちゃダメ!」という、汚すという行為への禁止をうながされることがあると思います。
それは社会に生きるひとたちの基本的なルールのようなものですし、人としても当然のことに違いありません。
でも、わが身を振り返ると、小さいころは確かによくこのことで叱られましたが、おとなになるに従って、自ら汚すような行為はしませんし、逆にそう言って叱る立場に代わっています。
今回のワークショップは、ある意味「汚しましょう!」と子どもたちに奨励するような行為です。
しかも、自らの手指を汚し、最終的にはからだ全身(衣服もふくめて)を汚すことを良しとしました。
このことによって、子どもたちのなかで禁止されていたことのひとつが解放され、短い時間でしたが自由になったと感じることがあれば、それがなによりの成果だったのではないでしょうか。
さて今回も、「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生に今回のワークショップについて語っていただきました。
「子どもたち、とくに未就学のこの子たちは、いまこのコロナ禍でかつてないほどのストレスや不安に駆られています。だから、せめてこうしたワークショップに参加することで少しでもその心身を解放してあげたい、という思いでいます。そういう意味では、大成功だったといえるでしょう。
また〈フィンガーペイント〉の狙いである、筆などの道具に頼らず、美しい線やものの形にこだわることなく、自らの指や手の感覚だけで何かを自由に表現するということにおいても、子どもたち自身達成感を得ることができたと思います。
ただ反省すべき点があるとすれば、汚してもいい服装での参加でしたが、最後はからだ全体を使って絵の具にまみれていましたから、こんなことなら水着で参加してもらえばよかったかな、って(笑)」
ドキュメンテーション
「フィンガーペイント・大きなにじ」
大きな紙、またはシートにダイナミックなフィンガーペイントを行います。
初めは「虹」から、最後は全ての色が混ざり合います。心を開放させて、絵の具の色の混ざりや感触を、身体を使い存分に楽しみます。
written by OSAMU TAKAYANAGI