【にじいろWS 2026-2月】版画でつくる、不思議な世界

2026年3月12日 木曜日投稿

集大成として、版画による大きな1枚のアート作品づくりに挑みます

今回のテーマは、「版画」です。
同テーマでのワークショップは2022年10月の〈版画を体験しよう〉以来ですが、その当時の内容とは一味違ったアートワークを試みます。

また、これが今年度最後のにじいろワークショップです。
したがって、年中クラスの子どもたちは一年間の、年長クラスの子どもたちにとっては二年間の集大成ともいえるでしょう。
そこで、にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生はこう話してくれました。
「今回は、前回のように個々に仕上げた作品(版)を個別に表現(転写)するのではなく、年中・年長クラスの子どもたち全員の合作で、壁一面に飾れるほどの大きな1枚のアート作品づくりに挑みたいですね。
もちろん、版をつくることから、それを摺ることまで子どもたち自身の手で行うこと。おとなはあくまでもサポート役です。なので、どこまで臨むかたちの完成形に近づけるかはわかりませんが。
でも、自分たちの力で苦労して仕上げた作品こそ、どんなかたちになるかは別として、子どもたちの集大成になると思います」

ただ、版画づくりはその制作過程において、なにを、どのように描いているのか、なかなか視覚的に見えづらいものです。摺り上って初めて作品の出来栄えをその目で確認できるという、一般的な絵画制作とは異なる性質があります。ですから、版画づくりに初めて挑む子どもたちにとっては、これまでにない不安や緊張を覚えるかもしれません。
そんな懸念を先生に投げると、すぐさま
「でも、そこに版画の面白さ、味わい、魅力といったものがあります。それゆえに完成したときの驚きや発見、そして感動は、きっと、これまでのワークショップとはまた別の貴重な体験を得られるはずです」
そう意気込みを返すと、早速ワークショップの準備に取りかかりました。

今日の版画芸術の発展と確立に、江戸中期の「浮世絵」の誕生が関与!?

ここでほんの少し、「版画」のお話しにお付き合いください。
一般的な木版印刷の起源は、中国・唐(618〜907年)の時代だといいます。それは仏教経典の大量複製を目的とした複製技術でした。ただし芸術として開花するのは、もう少し後のことです。
この木版技術が中国から日本に伝わったのは飛鳥時代(592~710年)ですが、その隆盛期を迎えるのは江戸時代中期(1690~1780年頃)。そう、日本が世界に誇る「浮世絵」という絵画が生まれ、庶民の間に流布した時期です。

これに乗じてさらに横道に逸れますが、昨年(2025年)、某公共放送でおよそ一年に及び放送されたドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の舞台となっていたのが、ちょうど江戸時代中期のこと。しかもその物語の中心にあったのが「浮世絵」にまつわる話でした。
主人公である蔦屋重三郎は、今でいうプロデューサー的な存在で、江戸のメディア王と称された人物です。
彼が生業としていたのが、版元。つまり出版物の企画から制作、そして販売までを一手に担う業者でした。
後に日本はおろか世界にその名が知れ渡る喜多川歌麿、葛飾北斎、東洲斎写楽などを見出したのは彼の偉業といえます。
ドラマのなかにも上記の絵師たちが実名で登場し、どのような工程によって浮世絵が世に出て行ったのかなどが描かれ、個人的には面白く観ていました。
その時代に描かれた浮世絵は、その後海外に渡り、自作のなかに浮世絵の一部を写し取ったゴッホ、浮世絵の収集家でもあったモネ、構図の妙を採り入れたドガなど世界的に有名な画家たちに過大な影響を与えました。

ところが日本人は哀しいかな、彼らのように芸術の域に昇華させるほどの審美眼を持ち合わせていなかったので、浮世絵の評価は逆輸入ということになりますが、いずれにしてもこうした経緯を経て、日本国内においても今日のような芸術的価値を高め、版画というジャンルを確立していきました。
さて、不要な話はこの辺りにして、本題へ戻ります。

長大な洋紙に描いたアート作品は、きっと、すばらしい想い出になったことでしょう

まずはワークショップの準備についてですが、これは前回とほぼ同じです。
版画制作の第一工程である「版」づくりのために、B5判程度の厚紙(支持体)を人数分そろえます。
それからその「版」に凹凸をつくるための丸型(直径約5mm)や四角形(一辺1cmまたはそれ以上)など各種のタックシールを大量に用意します。このタックシールこそ、本来なら木「版」に凹凸をつけていく作業を担う彫刻刀などの代替え素材となります。

前回も触れたと思いますが、この手法を使えば小さな子どもたちでも安全に、かつ確実に「版」づくりが行えるという実に画期的なアイデアです。
具体的に言えば、このシールを貼ることで、その部分には必然的に凸ができます。大小さまざまなサイズや形のシールを支持体全体に貼り込んでいけば、より凹凸の度合いが明確に表れます。
そして、版画は「摺る」ことで表現されるものですから、これも前回通りに版画用インキ(赤・黄・青・緑等)とゴムローラー、バレンという基本的な道具をそろえました。

前回の「版画」制作からすでに3年以上経っているので、年中・年長クラスの子どもたちは共に「版画」づくりは初めての体験です。
松澤先生はそれを踏まえた上で、著名な作家の版画作品(図録)などを見せながら、やさしく、ていねいに版画に関する話しをはじめました。
それから子どもたちを一か所に集めて、制作の土台となる「版」づくりの手本を見せていきました。

先生は最初に「版」の表面に描く絵柄のモチーフを決めました。
各クラスの保育士や子どもたちの意見を聞き、〈春〉を象徴する花や生き物などから各自で思いつくものを選択することにしました。
それにならい、先生は手本とするためのモチーフに春の花々を飛び回る蝶を選びました。
鉛筆で「版」の表面いっぱいに羽根を広げた蝶を描き、次にその輪郭線に沿ってハサミで蝶の形を切り抜きました。この切り抜いた型が実際の「版」になります。
その切り抜いた蝶型の「版」に、今度は大小さまざまなタックシールを貼り込んで模様を描いていきました。描くといっても、正確には平面の「版」に凹凸をつけていく作業です。
「版」の表面を指でなでれば、タックシールによる凹凸で、全体的にでこぼこしているのがわかります。この凹凸が、摺り上ったときにさまざまな模様となって表れるのです。

「版」づくりが終われば、摺り(インクを付け~転写)の工程に入ります。
机の上に版画用インクを入れるトレイを3つ用意し、それぞれのトレイに赤と黄色、緑と黄色、そして青と赤という2色ずつを組み合わせたインクをいれました。
先生はその中のひとつのトレイを選び、ゆっくりゴムローラーにインクを付けると、先ほどつくった蝶型の「版」の表面全体にゴムローラーでインクを伸ばしながら付着させていきます。
インクが「版」にまんべんなく付いたことを確認し、試し用の薄紙を1枚「版」の上に被せ、その表面全体をバレンでしっかりこすりました。
被せた薄紙がぴったり「版」に定着したら、ゆっくりその薄紙をはがしていきます。
するとその薄紙には、蝶の型とともに、美しいさまざまな模様が鮮やかに表れ出てきました。

子どもたちはその瞬間、ため息とも歓喜ともいえぬ驚愕の声を上げました。
ここまでが、今回子どもたちが挑む版画制作の工程です。

年中・年長クラスの子どもたちは共にここまでの工程を学ぶと、即座に「版」づくりに取りかかりました。
「版」の表面に描くのは、チューリップの花びらといった可愛らしい春の花々や先生と同じような蝶、または大地に芽吹く木々と野鳥など自然のなかのあらゆる生命の姿です。なかには5月の鯉のぼりを描くといったユニークな子もいました。

こうして「版」づくりが完成したら、いよいよ摺りです。
子どもたちは3つに分けた、2色のインクの組み合わせの中から好きな色を選びます。
そして、保育士たちのサポートを受けながら、どの子も自分自身でゴムローラーを使いインクをつけていきました。
そこまで進めば、残すは最終工程の転写です。

ただし、これは冒頭に記した〈子どもたち全員の合作で、大きな1枚のアート作品づくりに挑みたい〉という目標を達成させるため、長さ数メートルに及ぶ長大な洋紙を用意することにしました。
この洋紙を先生と保育士たちで部屋の中央に広げて置きました。
つまり、この長大な洋紙に子どもたちひとり一人が転写していくのです。

先に先生が手本を見せたときはインクの付いた「版」の上に薄紙を被せ、それをバレンでこすって薄紙をはがしていきましたが、ここでの転写はその逆で、インクの付いた「版」の表面を長大な洋紙の上に置き、「版」の裏面をバレンでこすります。ですから、転写する紙が下になるので、ゆっくりはがすのも「版」の方になります。
言葉ではなかなか分かりづらいですが、先生は子どもたちに実際にそのやり方を見せながら指導しました。

さも当然のように子どもたちは1回でそのやり方を会得し、インクを付け終わった子どもから順番にその長大な洋紙の好きな場所に次々と転写していきました。
しかも年中クラスの転写の後に、さらに年長クラスも同じ洋紙の上に転写を行うという、まさに子どもたち全員での合作となったのです。
こうしてそこに描かれた子どもたちの版画による不思議な世界は、誰もが予想さえ出来なかった、みごとなひとつのアート作品として完成しました。

この体験は、きっと、誰にとっても素晴らしい想い出となり、ここまで年間を通じて参加してきた集大成になったことでしょう。
完成した作品は、いつものように当園のエントランス内にあるブックラウンジ前に展示しました。
園内の子どもたちばかりか、保護者のみなさんにもご覧いただけたようです。

版画は制作過程が見えづらい世界ですが、それだけに奥深い芸術です

前回「版画」をテーマに行ったワークショップでも少し触れましたが、松澤先生はかつて実際の版画制作の現場に携わっていたことがあります。
ですから、この分野については、にわか仕込みの筆者など本来語る資格もないので、ここはやはり松澤先生の話で締めくくっていただきましょう。
「体験しておわかりのように、版画は実に奥深い芸術のひとつです。この世界で生きている、版画家と呼ばれるアーティストの方々は、実際の摺り上りに関してかなり厳しく、また繊細です。
例えば摺り上がり具合が、制作した「版」より1ミリ、いや1ミクロンのズレがあっても許せないという世界ですから、何度も摺り直すということなどは日常茶飯事です。色にしても線一本にしても、表現したいものと少しでもズレていたら、それは作家自身にとっては不本意なものですよね。
今回のワークショップでもあらためて痛感したと思いますが、版づくりの過程では明確な仕上がりが見えません。そこは直接キャンバスに筆を走らせて、その都度仕上がり具合を確認しながら進めることのできる芸術とはまるで違います。どちらがどうとは言えませんが、この世界にハマると、それはそれでこころが震えるほどの面白さを感じるのだと思います。
今回、子どもたちがそんな版画の世界の一端でも触れることができたなら、ほんとうに良かったと思います。
いつも言いますが、モノづくりは、出来上がりはもちろんですが、制作過程が一番大事だし、そこに一番の魅力があります。そして、そこにも常に制作過程を把握できる(見える)ものと、まったく把握できない(見えない)ものがあるということを知ることも大事です。
今回子どもたちは、シール貼りの段階でかなり苦戦していましたよね。その1枚のシールがどのように表現されるのか、まったく予想できなかったからですが、でもその分、摺り上った作品への感激度は高かったはず。
版画って、ほんとうに不思議な世界です。
またこれからも機会があれば、次の子どもたちにも体験させてあげられたら、と思います。
最後になりましたが、この一年、みなさんに助けられながらやってこられたことに感謝します、ありがとうございました」
先生はそういうと、深々と頭を下げました。

筆者からも終わりに一言だけ記しておきます。
今年度もまた「にじいろワークショップ」でお世話になった当園の田中園長並びに中村主任、そして年中クラス担当のクラスリーダー・宮保育士及び下田保育士、年中クラス担当のクラスリーダー・三浦保育士及び出水保育士に心から感謝いたします。

written by OSAMU TAKAYANAGI