
同時進行の〈お弁当〉づくりなんて、ちょっとほかにはありません
まず冒頭でお断りしておきますが、本稿は昨年12月に行われた「にじいろワークショップ」の紹介です。
本来であれば新年のご挨拶から入るところですが、内容の実施日と投稿日に〝年跨(また)ぎ〟という妙な時間のズレがあるせいか、凡庸な筆者には気の利いたプロローグなど書けませんでした。なので、いつもながら締まらないはじまりとなりますが、本年もよろしくお願いいたします。
では、これより時間をさかのぼって、2025年12月の「にじいろワークショップ」へ。
すでに当園の給食ブログに掲載された「鮭の塩焼き にじいろワークショップとコラボ ☞鮭の塩焼き にじいろワークショップとコラボでご存知のことと思いますが、今回は年に一度の「食育」とのコラボ(collaboration)です。
そこでテーマに掲げたのは「お弁当」です。特に日本人にはもっともポピュラーで、しかも長い歴史のなかで多くの人たちから愛されてきた〈幕の内弁当〉に焦点を当てました。
したがって今回のアートワークはそれに準じて、豊富な食材がぎっしり詰まった中身と見た目の美しさが際立つ〈幕の内弁当〉をつくることにしました。
〝つくる〟と言っても、もちろん本物の食材を使うわけではありません。お弁当に詰める食材は、色彩を施した紙粘土や切り貼りが容易な色紙などワークショップではおなじみの工作用素材です。

また、今回は特別にワークショップと並行して実際のキッチン(厨房)でもお弁当づくりを行います。
なんと、このコラボ企画に合わせて、本日の給食は全児童がお弁当となりました。
当園のキッチンは、大きな窓ガラス越しに厨房の様子が覗ける、明るく開放的なスペースになっています。ちょうどワークショップを行っているホールの隣室がキッチンなので、ホールからは厨房の様子が手に取るように見えるのです。
つまり、ホールでは子どもたちひとり一人がオリジナルのお弁当をつくり、そのすぐとなりにあるキッチンでは子どもたちひとり一人のお昼のお弁当をつくるという、なんとも不思議な光景が同時に展開されるというわけです。
どうですか、こんなワークショップって、なかなかほかにはないですよね。

そこには、保護者や私たち職員のさまざまな思いが込められている
早速ワークショップのはじまりですが、今回はもうひとつ異例なことがあります。
それは年中・年長クラス合同でワークショップに臨むということです。通常それぞれが各1時間で入れ替わるところを、両クラスが通しで約2時間同じ作業を一緒に行うのです。
当然一度に参加する児童の人数もクラス担当の保育士も倍になるので、いつもはゆったりとしたホールも若干狭く感じたほどです。しかし、その分子どもたちの笑顔や想像力もホールいっぱいに弾けていくようでした。

今回のテーマについて、当園の関塚栄養士に話を聞きました。
「当園ではちょっとした遠足や発表会の練習などで外出したときなどさまざまな行事に応じて、園内で食べる給食ではなく、お弁当というかたちで子どもたちに昼食を提供しています。
そんなお弁当を子どもたちはどんなふうに受け止めて食べているのかな、ということを考えたんですね。
多分それぞれのご家庭で(保護者が)つくるお弁当もそうだと思いますが、私たち調理に携わる職員もいろいろな思いを込めて作っています。
例えば、外に居ても同じようにおいしい食事を摂れるように、元気に楽しく過ごせるように、そして何事もなく無事に帰園しますように、などなど。
それを押し付けるのではなく、子どもたちが疑似的にとはいえ自らお弁当をつくることで、保護者や私たち職員のさまざまな思いがお弁当には込められているのだな、と知ってくれたら、気づいてくれたら、嬉しいです」
そう言うと、少し照れ笑いを浮かべました。
確かにワークショップの創作活動においては、子どもたち自らの思考をめぐらせてその作品に対峙します。ですから、千差万別ではありますが、否が応でも作品づくりの過程では誰もが必ず何かを考え、何かを感じとっています。
果たして、子どもたちは今回のお弁当づくりに何を思うのでしょうか。それも今回は、とても楽しみです。

きっと、どちらも〝おいしい感動〟が味わえると思います
年中・年長クラス合同ということで、ホールにはいつもより多い机が並びました。
そしてそれぞれの机には、年中・年長クラスの子どもたちが交互に座ります。その周囲に、各クラスの保育士たちが同じく座ります。
子どもたちひとり一人の前には、空のお弁当の容器(いくつかの層に区切られた業務用の簡易なもの)が置かれています。子どもたちは「あ、お弁当の入れ物だ」と口々に発しては手にとるなどして少し落ち着かない様子。
しばらくざわついていましたが全員の気持ちが整ったところで、最初に関塚栄養士が子どもたちの前に立ち、上述した思いを語りました。
次ににじいろワークショップを企画・指導する松澤先生が、今回の創作について~いつものように身振り手振りの笑いを交えて~話しはじめました。
まずはあらかじめ先生がつくっておいたお弁当(見本)を見せました。それは、色とりどりのおいしそうな食材がたっぷり入った、本物と見違えるほどの豪華な〈幕の内弁当〉です。
子どもたちもそのお弁当の見事な出来栄えに感嘆の声を上げました。
それから先生は、その食材のつくり方を紙粘土や色紙などを使って、具体的に教えました。
紙粘土の形をほんの少し変えて、それに色彩を施せばさまざまな食材が生まれます。さらに色紙をそれに巻いたり、ちぎってふりかけたり、はたまた上にそっと乗せるだけで、よりリアルな食材に仕上がります。

「食べたいもの、大好きなもの、それから、こんなものを誰かに食べて欲しいな~とか、自分の思う食材を自由につくって、お弁当のなかいっぱいに盛りつけてね」
先生はこう言うと、子どもたちはいっせいに元気よく返事をし、すぐさま創作に取りかかりました。
紙粘土をこねては考え、色彩を施しては考え、仕上がった形に満足そうな笑顔を見せたり、がっかりしたり。そうかと思うと偶然できた形にヒントを得たのか、急いでつくりなおすこともしばしば。
仕上がった食材はお弁当容器の空スペースに詰め込んでじっくり眺め、そこに新たな食材を足すことも除くことも頻繁に行いました。そんなことを繰り返していましたが、けっして誰もが飽きることなく、黙々と作業を続けました。





そうこうするうちに、年中・年長クラスの誰もが完成度の高いお弁当(作品)をつくり上げました。
約2時間という時間の間隔は、おとなでも長すぎると感じます。
当初はもしも途中で時間を持て余す子どもがいたら・・・などと要らぬ心配をしていたのですが、むしろまだやり足りないと訴える子どもたちが多くいたのには驚きました。あらためて子どもたちの本気度、夢中度に圧倒されました。

そうそう、創作途中に、同時進行していた厨房での昼食用のお弁当づくりを眺めたことも飽きずに頑張った要因かもしれません。何しろ、ガラス越しに見える厨房内でも、たくさん並んだお弁当の容器に次々と手際よくおいしそうな食材が盛り付けられていくのがよく見えるので、自然に競争心があおられたのではないでしょうか。
子どもたちはおそらく、「自分のつくるお弁当は、本物になんて負けないぞ!」なんて思っていたのかも。

初めての試みでもあった年中・年長クラス合同のワークショップも終わりの時間が近づいてきました。
気づけばあっという間の2時間でしたが、実に豪華な〈幕の内弁当〉が完成しました。
そして、出来上がったすべてのお弁当(作品)はホールの端にきれいに並べました。まるでどこかのレストランのショーウィンドウ(商品見本棚)のようです。
どの子のお弁当も、容器をはみ出すほどたくさんの食材が盛りつけられています。定番のごはん、卵焼き、ハンバーグ、焼肉、ウィンナー、サラダはもちろん、なかにはポテトフライや果物、デザート、それにジュースのような飲み物まで添えられていました。
ほんとうにどの子のお弁当(作品)もおいしそうな素晴らしい出来栄えで、お昼時間も迫っていたこともあり、筆者はお腹の鳴る音を抑えるのに必死でした。
さあ、これから給食の時間です。厨房でつくられたお弁当と自分のお弁当を見比べてください。
きっと、どちらも〝おいしい感動〟が味わえると思いますよ。


〈お弁当〉は『ハレ』の日の象徴だったのかもしれません
日本のお弁当の歴史は古く、携帯食ということでいえば弥生時代にその痕跡がみつかったと文献にあります。
その後、形態は変えつつも、現在の原型に近いお弁当が登場するのは江戸時代だそうです。特に今回テーマに採り上げた〈幕の内弁当〉は、歌舞伎など庶民の芸能が発達した時期のものです。まさに〝幕〟の〝間(内)〟のお楽しみだったのでしょう。
私たち日本人にとっての〈お弁当〉はあまりにも日常に直結して存在するので、今更というものでしょうが、これはどうやら日本独自の文化として捉えてもよいのかもしれません。もし興味があれば、ぜひ〝深掘り〟してみてください。おそらく想像以上に面白いテーマになるはずです。

これで2025年のワークショップは終了ですが、最後に松澤先生の話で締めたいと思います。
「今回初めて年中・年長合同で行ったワークショップでしたが、園長先生はじめスタッフみなさんの対応や協力のおかげで、小さなトラブルひとつなく予想以上の成果が得られたように思います。まず、そのことには感謝するばかりです。
内容としては年に一度の食育とのコラボということで、例年通り関塚栄養士からの提案を主体にアートワークを進めましたが、年中クラスは春からおよそ一年、年長クラスにおいてはほぼ二年の経験が活きたかな、と思います。工作そのものについては、ある意味集大成とも言える出来だったんじゃないかと」
長丁場にもかかわらず、子どもたちが最後まで集中力を切らさずに作品づくりに没頭し、よりレベルの高い作品を完成したことに、先生も満足そうでした。
そこで、今回のテーマについても尋ねてみると、
「アート的な美しさ、華々しさを感じるお弁当といえば、やはり〈幕の内〉かな、というのが発想のはじまりでした。ただ歴史的背景はもちろん、関塚栄養士の話を聞きながら、〈お弁当〉というテーマは実に深いんじゃないかと思いました。
単に携帯食というだけではなく、当園のように特別な日のための逸品というか、〈お弁当〉がその特別な日を彩ってくれるというのか、それ自体が大切な想い出のひとつとしていつまでも心に残るものではないかな、と。
それこそ色々な思いを込めてつくる側と、その思いをもかみしめて食べる側との〝食〟を通しての対話っていうか、そんなものが成り立つような気がします。
江戸時代にお弁当文化が華開いたといいますが、ちょうど世の中が安泰になり、歌舞伎のような娯楽によって〈幕の内弁当〉が誕生し、春の花見やお祭りといった行事には豪勢なお弁当をみんなで囲んだことでしょう。
日本では昔から『ハレ』と『ケ』という言葉があるけれど、まさにお弁当は『ハレ』の日の象徴だったのかもしれませんね。
それでいえば、当園はその『ハレ』の日をお弁当で表現しているということだから、誇らしいことですよ」
『ハレ』と『ケ』なんて、いまは死語かな、と先生は笑って応えてくれました。

まあ、敢えて説明を要することではないですが、『ハレ』とは儀礼や祭り、年中行事といった「非日常」のことを、『ケ』とは普段の何気ない生活である「日常」を表わす言葉です。わずか三文字で日本独特の概念や文化を表現できるというのも、日本語のすごさですよね。
と書いたところで、さらに蛇足として失礼します。
先生の話を聞いて、『長屋の花見』という落語の一席を思い出しました。
貧乏長屋の一同が春の花見に出かけるのですが、貧乏ゆえにお酒に見立てた〝お茶け〟と重箱に詰めた卵焼きならぬ〝たくわん〟やかまぼこならぬ〝大根のおこうこ(漬物)〟などを持って上野の山に向かいます。
周囲の花見客が持参した実際のお酒や豪勢な重箱を横目に、この貧乏長屋の住人たちは見栄を張りながら持参した〝お茶け〟を飲み、重箱のおかずをつまみながら丁々発止のやりとりを繰り広げるという物語です。

イラスト http://www.inocchi.net/relax/nagayanohanami/
初出は明治とありますが、落語は江戸の頃より芸能としてすでに存在していたので、時代は江戸~明治かと思いますが、いずれにしてもそんな昔から春の花見に〈お弁当〉は欠かせないものであり、『ハレ』の象徴のひとつに〈お弁当〉の存在は大きいのだなと実感します。
だらだらとつまらない話を書き添えましたが、2025年最後の最後、これにて、おあとがよろしいようで。

written by OSAMU TAKAYANAGI