【にじいろWS 2024-08月】フランク・ステラへのオマージュ~飛び出す平面作品をつくろう!

2024年8月26日 月曜日投稿


おとなも敬遠しがちな〈現代美術〉をテーマに、さて子どもたちの反応は?

今年5月、アメリカの現代美術を代表する巨匠が亡くなりました。
フランク・ステラ(Frank Stella:1936~2024)、享年87でした。
1950年代にミニマルアートの先駆者として頭角を現すと、1980年代以降は物体の破片や湾曲した平面、または立体物を大画面に貼り付けてそのまま壁面や床に置くなど、絵画と構造物を融合させた3次元的な作品をつくり続けてきました。
絵画という形態におけるさまざまな課題に取り組み、表現者としてアートの可能性を最後まで追及した作家です。
まだまだ第一線での活躍が期待されていただけに、画家ステラとその作品を敬愛する世界中の愛好家、そして多くのアーチストらが彼の死を心から悼みました。

かく言う「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生も、彼の死を悼んだそのひとりです。
それが契機になって今回のテーマを選定したということではないのですが、あらためてフランク・ステラの作品(功績)をふり返ると、ワークショップに活かせるヒントがたくさん詰まっているのではないか、と先生は言います。
いっそのこと、ワークショップでフランク・ステラの作品を子どもたちに紹介しよう、という試みにも発展。
ですが、そこまでいくと、彼の作品はいわゆる〈現代美術〉と称する分野。おとなでも敬遠しがちなのに4~5歳の子どもたちにどう紹介するのか、普通であれば懸念するところです。
ところがフタを開けて見れば、なんと、年中・年長クラス共に子どもたちはフランク・ステラの作品にどっぷり浸かって、おおはしゃぎという展開に!?
さて、実際いかなる反応を示したのか、今回の「にじいろワークショップ」にもご注目ください。

※オマージュ:芸術などの創作分野において、影響を受けた作家や作品に対する敬意や尊敬という意味。

スライドで見たF・ステラの作品に、子どもたちはなぜか大爆笑!

年中・年長クラス共に、はじまりはプロジェクターを用いたフランク・ステラの作品鑑賞から。
「今日は、まずみんなに、先生の大好きなアメリカの画家フランク・ステラの作品を見てもらいます」
先生はこういうと、あらかじめ設置された大型スクリーンに、まずは作品の前に立つ彼の写真を投影しました。
年中・年長クラス共に子どもたちは「どのこのおじいさん?」という顔を見せましたが、先生の説明を黙って聞きながらスクリーンに見入っていました。
次に彼の作品を投影しはじめました。

そこに映し出された作品は〈現代美術〉ですから、静物や風景、人物などといった一目でわかる一般的な絵画と違い、なにがそこに描かれているのかさえわからない、いわばとらえどころのない作品ばかりです。
ところが驚いたことに、年中・年長クラス共に子どもたちはそうした作品に一瞬でハマったようで、
「なんだ、それ?」「わかんな~い」「ヘンだよ」といっせいに口走りながら、なんとクラス中が大爆笑。
そのうち、ある子どもがスクリーンに近づき「ここに鳥の羽根が見える」というと、ほかの子どもたちも
「これはおおきな布団」「カッパの足じゃない?ここだよ、ここ」「牛がいるよ、ほらね」「これはダチョーの足かな?」と騒ぎはじめました。
先生はそんな子どもたちの反応に戸惑いながらも、
「え、なにに見えるの?」と聞くと、なんと全員がこれまたいっせいにそれぞれ思いついたことを発言しはじめました。先生はあわてて、
「待って待って、じゃあ順番に手をあげて発言してもらおうか」と言うと、またまた全員がいっせいに「ハイ、ハイ、ハイ!」と手を上げました。
子どもたちは順番に前に出てスクリーンを直接差しながら答えていきました。

これは年中・年長クラス共に同じで、作品のある部分がチーズ、チョコ、マシュマロといった食べ物に見えたり、オレンジ色や緑色のヘビから恐竜といった生きものだったり、年長の子どもでは風の流れや海の大波といった自然界の動きに見えたりと、多種多様なものに見えていました。
つまり、子どもたちは全体というより作品を構成するさまざまな要素(部分)のカタチや色に反応しているのが分かります。
それも、子どもによってとらえる要素(部分)も、見えてくるモノもまるで違うことにびっくりです。
指摘されれば、「なるほどな」と思うこともあれば、その子の感性に追いつけないことも。

子どもたちにとっては、作品(絵画)がどんな意味を持つのかということより、たとえひとつの構成要素(部分)であっても純粋に見たまま、感じたままにとらえることにおもしろさを見出したのでしょう。
おとなは理屈から物事をとらえがちですから作家の意図することを賢明に探ろうとしますが、こうした見方もあながち間違いではないのかもしれません。こと〈現代美術〉と称するような、一見入口が狭き門のように見えるものを鑑賞するには。

ステラ風「枠組み」をキャンバスに、初のホチキス体験で創作開始です

さて、ここから創作活動に入ります。
まずは子どもたちをホールの端に置いた小さなテーブルに集め、先生はその中央に、子どもたちはその周りに座りました。
そこで先生は、あらかじめ用意した厚紙で作成したフランク・ステラ風「枠組み」を取り出しました。
これが今回の創作には欠かせないキャンバス(支持体:画布や紙、板など)になります。
先生はこの「枠組み」について
「フランク・ステラへのオマージュということですから、少しでも彼の作品世界に近づけるよう、彼の作品を意識した枠組みをつくってみました。さすがに子どもたちがここからつくるのは無理でしょう」
笑いながらそう話してくれました。

その「枠組み」は、B4判ほどの厚紙をベースにしたもので、全体の形を成す四辺から内側に向かって5~7cmほどの余白を残し、真ん中の部分をおもしろい形や直線・曲線などで切り抜いたものです。
なので、厚紙の真ん中には奇妙なカタチだけが残されていて、テーブルに置くと、その模様のすき間にテーブルの木目が見えます。
「枠組み」は子どもたちの人数分用意されていますが、真ん中の切り抜き模様は3種類。
どれを選ぶかで、最終の完成形が微妙に変わりますが、それよりも子どもによって創作過程がおのおの異なるので、どれ一つとして同じものはできませんが。

先生はその「枠組み」を子どもたちに見せながら、これ、何に見える?と聞きました。
子どもたちは、「お面!」、「顔みたい」と答え、先生は自分の顔にそれを当てて、「こんなかな?」とおどけて見せました。子どもたちはその姿を見てまたも大笑い。
先生は続けて、
「今日は、これ(「枠組み」を指して)を使って、さっき見たフランク・ステラのような作品をみんなにつくってもらいます」
子どもたちは「え~~~!?」と言いながらも、先ほどのスライドと、これから創作することの内容が同じ線上にあるのかないのか、なんとも微妙な反応です。
でも、それでいいのです。さっきスライドで見たどこかのおじいさん(=F.ステラ)、そのひとが描いた(創った)であろう変な作品の数々、それらが記憶のどこかに残像として有れば、きっとこの「枠組み」とどこかで結びつくはずです。

それから先生は、両面カラー(表裏色違い)の工作用紙、そして工作ボンドに今回初めて使用するたくさんのホチキスをテーブルに並べました。
そして先生は、テーブルに置いた「枠組み」に話しを戻し、
「これ、真っ白だから色や模様をつけちゃおうか」と言って、クレヨンでその枠組みの白い部分に模様を描き込みました。
「青い線がいいかな?」と先生。
「じゃあ、波線がいいよ」と子どもたち。
そんなやり取りをしながら、次々に白い部分に模様を描き入れていきました。
それがひと通り済むと、
「そうそう、ここに両面カラーの工作用紙があるから、これをなにかのカタチに切り取って、貼り付けようか?」
と、工作用紙を適当なカタチにハサミで切り取ると、それを枠組みに貼り付けていきました。
最初はボンドで貼り付けましたが、先生はホチキスを手に取り
「これ(ホチキス)はなんだかわかるかな?」そう言って、まずは切り取った工作用紙と「枠組み」をホチキスで留めてみました。
日常生活のなかでどれほどホチキスを使用するのか、それは個々に置かれた状況によっても異なります。
ただ、園での生活においては、子どもたちにホチキスを使わせたことはないとのこと。
それはそうですね、ホチキスは便利な道具ですが、指先などケガをする危険性も高いですから。
でも、使い方をしっかり習得できれば便利な道具であることは間違いありません。
そこで先生は、せっかくの機会なので、保育士が子どもたちとマンツーマンで対応しながらホチキスを使ってみましょう、と提案しました。
ホチキスを使用することで、ワークショップにおいても活用範囲が広がります。また、子どもたちにとっても大きな体験となるでしょう。

先生はホチキスを使用し、お手製の「枠組み」とさまざまなカタチに切られた工作用紙を思いつくままにいくつも留めていきました。
それもただ平面で留めるのではなく、工作用紙を丸めたり、折り込んだりして、立体物として「枠組み」にホチキスで留めていきました。
すると、留められた工作用紙が土台である「枠組み」をはみ出して、四方八方に向かって飛び出していくように見えました。
そして、パッチン、パッチンというホチキスの小気味よい音が、子どもたちの創作意欲を駆り立てていくように聞こえました。

仕上がりは、どれもみな〈オマージュ〉にふさわしい作品になりました

いよいよ子どもたちの実践です。
年中・年長クラス共に子どもたちは先生お手製の「枠組み」を三種類のなかから選びました。
ほかに準備した表裏色違いの工作用紙、そして段ボールの小さな切れ端なども素材として選びました。
急ぎテーブルに戻ると、子どもたちは迷わず「枠組み」にクレヨンで模様や色をつけ出しました。
それと同時に工作用紙にハサミを入れて、自由に好きなカタチに切り出し、それにも模様を描き込みました。
しばらくしてその作業が済むと、「枠組み」と素材を貼り合わせる準備に取りかかりました
貼り合わせするためにいつものボンドも用紙しましたが、年中・年長クラス共に子どもたちが選択したのは、もちろんホチキスです。
子どもたちは初めて使うので、まずは先生や保育士たちが一緒になって安全かつ確実に使いこなせるよう、しっかり指導していきました。

初めての道具を使いこなすにも性格や個性が表れます。
一度で使いこなす子、何度も失敗を重ねる子、ものごとを慎重に取り組む子、不安が先に立ちなかなか手に馴染まない子・・・でも、人間のつくり出した道具って、入口の在り方は違っても、最初の一歩を踏み出せば、誰もが入っていけるものです。一度コツさえからだが覚えてしまえば勝手に指先だけで使いこなせます。
などと言っているうちに、子どもたち誰もが当たり前のようにホチキスを使いこなすようになりました。

さて肝心な創作物ですが、年中クラスの子どもたちは躊躇(ちゅうちょ)なくホチキスを多用し、それぞれの感覚や感情の赴くままに個性豊かで、バラエティに富んだ作品を仕上げました。
年長クラスの子どもたちは、一歳年上ですし、ワークショップの創作経験も一年経てきているので、さすがにどの子も器用にホチキスを使いこなして作業を進めていきました。
ですが、年中クラスの子どもたちのような〝感覚や感情〟による表現がちょっと見られない気がします。
それはおそらく、アート的な完成形というか、自分なりに目指した仕上がりを崩したくない、崩すのが怖い、という思いの表れではないかと思います。
そうしたこともあり、先生は年長クラスの子どもたちに
「ある程度作品ができ上ったら、絵の具を用意したので、最後の仕上げに好きなように色をつけていいですよ」と言いました。
子どもたちは自分が手にしている作品がすでに完成形だと思っていたのですが、先生に促されて別のテーブルに用意された絵の具を見渡して好きな色を選びはじめました。
そのうち、どの子も絵筆にたっぷりと絵の具をつけて、手早く筆を動かしていきました。
先生の狙い通り、最後に作品に塗り込めた絵の具が功を奏したのか、年長クラスの子どもたちの作品がより質の高い、個性的な彩りをまといました。

ワークショップ終わりは年中・年長クラス共に、いつものようにホールの壁に、床に並べてみんなで鑑賞しました。
それにしても、最初にスライドで見た作品の印象が残っていたのでしょうか、どの作品もF.ステラばりの仕上がりです。まさにこれこそ、〈フランク・ステラへのオマージュ〉にふさわしいワークショップとなりました。

自由な発想と自発的行為から、〈偶然〉でき上がった作品の付加価値に気づいて欲しい

子どもたちの作品は、最終的にエントランスにある図書スペース前に展示されました。
こうして眺めると、ちょっとした現代美術館に入り込んだようです。もし当園に訪れる機会があれば、じっくりご鑑賞いただきたいと思います。

では、今回も最後に「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生に話しを聞きましょう。
「フランク・ステラという作家に端を発した企画ではありましたが、これほどまでに子どもたちにウケるとは思いませんでした(笑)。でも、かえって自由な空気が流れ出してくれたので、その後の創作作業がやりやすくなったかもしれませんね」
そんな先生に、確かにあれほど盛り上がるとは・・・と返すと、
「ひとつ感心したのは、どの子の意見に対しても、誰ひとりとして反対したり否定したりしないということ。互いに互いを認め合っているのか、それとももともとひとはひと、私は私ということなのか、いずれにしてもおとなにはできないことですよね」
先生はそんなことを呟きました。

ところで、今回のワークショップの意味合いはなんでしょうか?そんな素朴な質問に対して、先生は即座にこう答えてくれました。
「なによりF.ステラの作品に触れて、それに触発されることで、何かに縛られない、自由な発想と行為を体感して欲しかったということですね。
具体的に言えば、決められた形や色に従って切ったり、貼ったりするのではなく、思いつくまま自由にハサミを入れて、偶発的に素材と素材を貼り合わせるという、一見単純な行為ですが、そこには第三者の意図するものはなく、あくまでも自分の意志と自然な成り行きだけですべてを行うということで、それによって〈偶然〉でき上がったものの素晴らしさ、予想もしなかった付加価値に気づいてくれたらという思いですかね」
それは、今回でき上った作品を見れば、自ずと先生の思いは伝わったように感じます。
また、そのことに重ねて先生は、
「そうそう、それと、すべてが平面である一枚の紙であっても、つくり込んでいくうちに立体的な構造物に変貌するという、この不思議な創作体験も記憶のどこかに残しておいてくれたら嬉しいですね」
そう付け加えました。

話題を変えて、ホチキスを初めて創作に使用したことに触れると、
「ホチキスという道具を使うことで、どんなに素材を折ったり、曲げたり、丸めても簡単に素材同士を貼り合わせることができるでしょ。それによって、新たな表現方法を習得できるということです。
ボンドなどでは乾くまで押えている必要もあったし、セロテープでもせっかく付けてもはがれてしまってイライラするという光景をよく目にしましたが、ホチキスはしっかり留めればそうそう剥がれず、しかも瞬時に留めることができるから、無駄なストレスがかからないということもあるかな」
そんなふうにホチキスの効用について話し、さらに続けて、こう話しを締めました。
「またF.ステラに戻りますが、彼の全盛期の仕事は、そのほとんどがアナログの時代でした。つまり、すべてが手仕事なんですね。だから想定外の失敗も多かったと思うのですが、失敗もそれはそれでアートとして成立させていくというか、それも楽しんでいたように思います。
今回の子どもたちも、彼へのオマージュということもありますが、結局は切って、貼って、描いて、塗ってとすべてアナログの手仕事を自然に体験したことになります。
おそらく最終的に子どもたちも想定外の失敗がたくさんあったでしょうけれど、それも楽しんで作品として完成させました。そのことが一番、大事なことだと思います」

当初は、テーマの難解さと創作の内容がうまく想像できなかったのですが、順を追って進むうちに、先生の思い、子どもたちの反応が徐々に交錯していき、最後は見事にひとつの作品として完結していくという、このワークショップの深さに敬服しました。

ドキュメンテーション

アメリカ現代美術の巨匠、フランク・ステラが今年(2024)5月に亡くなりました。
ミニマルアートの先駆者であり、不規則な構造物が入った三次元的な作為品群は日本でも人気があります。
50年代、インターネットもデジタルAIもない時代に、いかにも手作業で、重い素材を切り出し、構成して貼り付け、汗を垂らしながら制作したであろう表現活動は現代においては、どこか懐かしいささえ感じられる気がします。
無骨でもセンスが良く、迫力のあるその表現に私もなんども圧倒されました。
今回は、子どもたちとフランク・ステラの作品を鑑賞しながら、枠から飛び出す、のびやかな、形へ挑戦します。

written by OSAMU TAKAYANAGI