個性と感性を全開にして、きらっきらの体験をたくさんしましょう
2024(令和6)年4月、新しい一年のはじまりです。
そして「にじいろワークショップ」も、新たな年中・年長クラスを迎えて、今年度最初の一歩を踏み出しました。
はじめましての子どもたちも、今年もよろしくの子どもたちも、この一年個性と感性を全開にして、きらっきらの体験をたくさんしましょう。
さて、今年度第1回の「にじいろワークショップ」は、今回で3回目となる『紙コップのインスタレーション』です。
内容はご存知のようにいたってシンプル。
日常で誰もが手にしたことのある使い捨ての白い紙コップを数百個用意し、それを一個一個根気よくていねいに積み上げ、本来の用途とはまったく違う大きなオブジェ(物体としての作品)をつくります。
ただし、それは表層的なことで、実はこの積み上げるという単純な作業のなかにその子の持つ本質が見えてきます。
具体的に言えば、日常の生活では見せることのない言動から心情といった内面的な部分までもです。
そうした面を見る(知る)ことで、それまでにない関係性が築けることがありますし、多角的にその子をとらえることができるというのは保育指導においてもよりプラスの作用があると思います。
こう考えれば、一年のはじまりにこの紙コップを用いたワークショップを行う意味合いも、きっとおわかりいただけると思います。
にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生は、過去二回とやや異なった内容を試みるようで、準備に取り掛かりながらこんな話をしていました。
「年中クラスの子どもたちにとっては初めての体験になるので、今までのようにまず自分たちの思う通りに紙コップを積み上げてもらいますが、年長クラスの子どもたちは2度目ということもあるので、その積み上げ方にひとつ制約をつけてみます。
そしていずれのクラスも、最後にある演出を施してみようかと考えています」
こうしてはじまったワークショップ。
果たしてどんな作品が生まれ、子どもたちはどんな体験をするのでしょうか。
インスタレーション( Installation )とは?
アートを展示する空間そのものをひとつの作品としてとらえることで、壁・床・天井まで含め、その空間に存在する全てのものが鑑賞の対象となるということを指した言葉です。
紙コップも活用の仕方で、世界にひとつだけの〈アート〉に変わります
まずは年中クラスですが、初めてのワークショップに少し緊張気味の子どもたち。
でも先生のいつもの話術でその場の空気が一瞬にして和らぎ、いつしか全員笑顔いっぱいに。
そうして先生はお話しを進めながら、高さ8~90cmほどの1本の筒状もしくは円柱に見える白いかたまりを子どもたちの前に差し出して立てました。
それを先生は指先で軽く揺らしてみせると、簡単にクネクネと曲がります。
子どもたちはへんてこなそのかたまりに見入っていました。
先生は、そのへんてこなかたまりの上部からひょいっと紙コップをひとつ取り出して見せました。
そう、そのへんてこなかたまりは、紙コップを100個、隙間なく重ねた状態にしたものでした。
その正体が紙コップの集まったものだとわかると、子どもたちは「な~んだと」と言わんばかりに大笑い。
次に先生は紙コップを数十個ずつ重ねた、やはり筒状のものをいくつもつくり、それらをランダムに床面に立てていきました。
どれもが3~40cmほどの高さの紙コップでできたものですが、床面に並べると、その光景はまるで苗木をいく本も大地に植えたように見えます。
先生は子どもたちに
「このたくさん並んだ紙コップのあいだを走ってみようか」と言い放ちます。
その言葉を受けるやいなや子どもたちは勢いよく飛び出し、ぐるぐる走り回って大はしゃぎ。
しばらくして先生は走るのを止めて、それぞれの近くに立っている紙コップの前に座るように言いました。
そして紙コップが重なってできた1本のかたまりから、紙コップをひとつずつゆっくりバラしていきました。
すると、床面が少しずつ白い紙コップで敷きつめられていきました。
「みんなもこうやって重なり合った紙コップをひとつずつもとに戻して」
先生がそう指示をすると、子どもたちもいっせいにその作業を始めました。
そのうち何人かの子どもたちがその上をごろごろと寝転んだり、その紙コップを投げたりと悪ふざけをはじめました。それを見ていた先生はすぐさま
「ダメでしょ、そんなふうに乱暴に扱わないでください、ひとつひとつ大切にできないならワークショップは終わりにします!」と注意をしました。
あわてて起き上がり、潰れた紙コップを元の形に戻す子、投げた紙コップを拾い集めてきちんと並べ直す子・・・それぞれが反省の態度を示しました。
初めてのワークショップとはいえ、もの(素材)を大切にすることは何においても基本です。
でもね、萎縮することはありません。みんなのおにいさんもおねえさんも、先生に注意を受けながら、自らものを大切にできるようになっていったのですから。
さあ、ここからが本番です、気を引き締めてやりましょう。
先生は床一面に広がった紙コップをひとつ、ふたつと拾い上げ、それらを逆さまにしながら床に置き、その上へ、またその上へと紙コップを積み重ねていきました。
「みんなもできるかな?」
先生の様子を見ていた子どもたちに問いかけました。
もちろん子どもたちはすぐにそれを真似て、目の前の紙コップを同じようにひとつずつ積み上げていきました。
あっという間に、あちらこちらにいくつもの三角山ができました。
子どもたちは紙コップが崩れないよう真剣なまなざしで、ひとつ、またひとつと積み上げる作業を繰り返していきました。
自分の背たけを超えても、背伸びをしながら積み上げる子、
何度やっても崩れてしまい、そのたびに悔しがる子、
ひとりで黙々と積み上げては、それを壊し、また一から積みはじめる子、
お友だちと協力し合って、どんどん高く、そして大きく広げていく子どもたち。
単純な動作のなかにも、それぞれの個性がしっかり表れます。
続いて年長クラスの子どもたちですが、2度目ということもあり、先生は紙コップについての説明などは省き、ウォーミングアップ代わりにこんな遊びから始めました。
まずはすべての紙コップを重ねて、長く一本のロープのように伸ばし、それをホールの床面の端から端へとまっすぐに置きました。
それから先生は年長クラスの子どもたちを同人数で二つのチームに分け、長く伸びたロープのような紙コップの向こうとこちらの両端へそれぞれを向かわせました。
遊びのルールは簡単です。
先生の「よーい、スタート!」の号令と共に、両端からひとりずつそのロープのように伸びた紙コップの重なりをまたぎながら中央へ進みます。
そしてそれぞれが出会ったところで、またいだまま両者でジャンケンをします。
負けた子はその場で外へ出て、勝った子はそのまま相手方に進みます。そこで、負けた方はその次に待機している子がまた中央へ向かって進みます。またまたそれぞれが出会ったところでジャンケンをします。
その繰り返しで、どちらかの端に早くたどり着いたチームが優勝です。
両者の白熱したゲームに、周囲で見守るおとなたちも拍手と声援を送りました。
ここちよいウォーミングアップが終わり、年長クラスの子どもたちもここからが本番です。
先生が先にも話していた通り、2度目ということもあり、今回はただ好きなように紙コップを積み上げるのではなく、ひとつ制約をつけることにしました。
それは、ホールを囲う真っ白な壁面に沿って、紙コップを積み上げていくというものです。
言い方を変えれば、壁面が白い大きなキャンヴァスで、そこに紙コップという素材を用いて一枚の絵を描く(つくる)というようなことです。
ひとりであっても、お友だちと協力しあってでも、ひとつの決められた場所(壁面)に紙コップを積み上げていけば、いずれはひとつに繋がり、それが最後は大きな一枚の〈アート〉作品になります。
もちろん子どもたちには事前にそのような意図は伝えませんし、その必要もないでしょう。結果に対して、子どもたちがなにかを感じてくれたら、それで今回のワークショップは十分な成果を得たことになります。
子どもたちは前回と若干違った積み上げ方法に戸惑いながらも、ホールの大きな壁面に向かって紙コップをピタッと壁に押し付けるようにひとつひとつ積み上げていきました。
意外にその作業は難しく、紙コップの一部分が崩れただけでも隣り合わせに積み上げた紙コップまで連鎖的に、例えばドミノ倒しのように一気に崩れ落ちてしまうこともしばしば起こります。
最初はそんな現象にがっかりしたり、文句を言ったりしていましたが、徐々にその壁面に予期せぬかたちが見えてくると、子どもたちそれぞれが積極的に、かつ慎重に紙コップを積み上げていきました。
使用している素材は、ごくごく普通の紙コップですが、活用の仕方で世界にたったひとつだけの〈アート〉に変わることがあるのです。おそらく子どもたちには、感覚としてそれがわかりかけていたのかもしれません。
最後は、灯りがもたらす光と影の美しいオブジェを鑑賞します
ここでもう一度、冒頭で先生が話していた「最後にある演出を施してみようか」という一言に戻りましょう。
その演出とは、ライトによる光と影でした。
ワークショップ開始前、先生は事前に何度も電灯による演出効果を試していました。
電球色、白色、それらに色付きのセロハンを取り付けたものなど、または照らす角度や位置などさまざまなライティング効果を試していました。
ホール内も外光をなるべく遮断できるようにガラス面のブラインドをすべて降ろして、部屋の灯りを消した場合、付けた場合など入念にチェックしていました。
年中・年長クラス共に子どもたちは紙コップを上手に積み上げました。
年中クラスの子どもたちは、最後に全体が見渡せ場所に集まって、ホール内にいくつもでき上った作品を鑑賞することにしました。
そこで先生は当初の計画通り、でき上った作品ひとつひとつにライトを当てていきました。
灯りに照らされて浮かび上がったものは、先ほどまで自分たちでつくり上げた紙コップのオブジェです。
でも、色とりどりの灯りと、そこから映る影の効果でまったく別のものに見えてきました。
白い紙コップが赤、青、緑、黄色に変わっていきます。そこからもたらされた影にも独特な陰影が生まれます。
そんなふうにさまざまな灯りに照らされるたび、子どもたちから歓声が上がりました。
年長クラスの子どもたちは、仕上がりが見え始めたころからライトを当て始めました。
まだ制作途中なので、当然紙コップを積み上げている子どもたちにもライトは当たります。自分たちまで白い壁面にその影が映ると、そうした灯りの効果に驚きながらも、自分自身が作品の一部になったようで少し誇らし気な、あるいは自慢気な表情になりました。
その後子どもたち自身でもライトを作品に当てたり、動かしたり、その光と影を思う存分に楽しんでいました。
子どもたちにとって、真っ白だったいつもの壁面もただの紙コップも予期せぬ色彩を帯びて、いまはもうそのものの存在さえ別のものに変わってしまったようです。
その感覚を忘れないようにしてください、それが〈アート〉です。
こうして年中・年長クラス共に、終わりの時間が近づくとすべての紙コップをバラバラに崩して、あらためて散乱したそれらを1本の長いロープ状のようにきれいに重ねて終了しました。
4名の新たな保育士が、新年度のワークショップに思うこと
新年度に新たなはじまりを迎えたのは、子どもたちばかりではありません。年中・年長クラス共に、新しく専任された保育士たちも同じです。そこでこの一年子どもたちと一緒にワークショップに参加する4名の保育士から、第1回に参加した感想を聞きました。
まず年中クラスでクラスリーダーを務める三浦保育士です。
「私自身は体育系なので、最初に〈アート〉と聞いて少し不安な気持ちでした。でも体験してみると、〈アート〉って頭で難しく考えることではなく、素直に目の前のものと向き合いながら全身で感じて楽しむものなんですね」
屈託のないその笑顔は、子どもたちと同じように輝いていました。
年長クラスでクラスリーダーを務める松原保育士も、ワークショップへの参加経験があります。
「今までもそうでしたが、子どもたちの別の面に気ずかされること、発見できることのある場なので、ここで感じたことや得たこと、体験したことをできるだけ普段の保育の現場にも活かせたらと思います」
やわらかな口調のなかにも、頼もしく感じる言葉でした。
新たな試みを含めて、今回のワークショップがこの一年の足がかりになったらいい
最後に松澤先生に今回のワークショップを振り返ってもらいました。
「前回もお話ししましたが、何度でも〝壊してはつくりなおす〟その作業を時間の許す限り繰り返すところにこのワークショップの意味があるんですね。
〈アート〉の現場においては、この破壊と再生の行為こそが最も重要なことで、なにかものを生み出す、つくり出すということはそこが基本になりますから。ある意味、このワークショップはそのための基礎訓練のようなものかもしれません」
先生は、このことを今回も強調していました。
それを踏まえて、今回過去二回と異なる試みを行っていることについて尋ねました。
まず、先生は年長クラスの子どもたちには壁面に沿って積み上げていくよう指示をしましたが。
「こうした制約をつけることで、作業は立体的なものを目指しているのに、行っているのは壁という平面での作業という一見矛盾したことに感じます。でもこれは平面構成でありながら凹凸効果も図れるという、表現上どちらの要素も活かせるので視覚的にはとてもおもしろい作品に仕上がります。
ただし、子どもたちにはこんな説明はしません。前回は自由にただ積み上げる作業をしていますから、同じような作業でもこの制約を受けることでなにか違和感を察してくれたらそれで十分」
そう答えてくれました。
続けて、最後のライトアップについては、こう話しました。
「これまで仕上がった作品はホールに差し込む自然光によって鑑賞してきましたが、今回は敢えて自然光を遮り、美術館等で実際に行うような人工的なライトによる効果を狙った演出を用いました。いわば、簡単な〈アート〉的手法です」
今回ライトに映し出された自分たちの作品を見たときの反応は、過去二回のものとは明らかに違って見えました。子どもたちにとって、これはとても有意義な体験だったことでしょう。
そして先生は、こんな言葉で締めました。
「新たに試みたことも含めて、今回のワークショップがこの一年の確かな足がかりとなってくれたらいいですね」
ドキュメンテーション
紙コップのインスタレーション
今回は紙コップ一つから始まります。
一つの小さなものでも、それが大量に集まると、大きく景色や空間を変えることが出来るのです。
紙コップが積み上がる、高くなる、しかし一瞬にして崩れる緊張感も伴います。
構築から破壊へ
破壊があるからまた新しく生まれる
そんな隠れたメッセージも内包しているインスタレーションです。
written by OSAMU TAKAYANAGI