創作はいたってシンプル。でも、そのプロセスに意図があります
2024(令和6)年がはじまりました。
思い返せばこの数年、世界においても日本においても、笑うことより悲しむこと、怒ること、苦しむことの方が多くなったように思います。
それでも新しい年のはじまりは、どんなことにもめげず、夢や希望を持ち続けていきたいですね。
特に、子どもたちの笑顔が絶えることのないように。
この一年もまた、そんな気持ちで「にじいろワークショップ」に臨みますのでどうぞよろしくお願いします。
さて、2024年1月のワークショップですが、そのテーマは
「自分だけの恐竜をデザインしよう」です。
みなさんもご記憶にあるかと思いますが、昨年日本各地でにぎわったイベントの上位に〝恐竜〟関連のものが並びました。
実際、各地で開催された恐竜関連の展示会やリニューアルオープンした恐竜博物館などには連日小さなお子さまを連れた家族が押し寄せ、予想以上の盛り上がりを見せたといいます。
またアメリカ映画ですが、1993年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督作品『ジュラシック・パーク』のシリーズ6作目となる『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者 』(スピルバーグは製作総指揮)が一昨年の2022年に公開されたことも恐竜人気への火付け役になったようです。
もっとも、恐竜という存在は人類の歴史より遥かむかしの2億3千万年ほど前に生息しはじめ、約6千6百年前に絶滅したといわれていますので、当然現代にその姿を見ることはできません。
それでも未だに子どもからおとなまで魅了するのですから、なんとも不思議な生き物です。
にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生は、こうした恐竜人気に着目し、今回のワークショップのテーマに恐竜を採り上げました。
具体的な創作は、5つに分けた恐竜の部位(パーツ)を組み合わせて、自分だけの恐竜の姿を平面で構成し、それに色を付けて仕上げるという、いたってシンプルなものです。
でも、今回はその仕上がりより、完成に至るまでのプロセスに先生の意図があります。
では早速、本年初となるワークショップをはじめましょう。
5つの部位のパーツで恐竜をつくり、色付けは〝叩く〟!?
先生は、今回のワークショップについてこう話しました。
「結果(完成作品)はさておき、そこに至るまでのプロセスに意図することが二つあります。
ひとつは、恐竜を構成する5つのパーツを組み合わせながら、子どもたちそれぞれが独自のかたちをつくり上げること。
ふたつ目は、絵の具で色付けをする際に筆は使わず、塗るのではなく〝叩く〟ということで色彩を施していくという技法を習得することです」
ひとつめに示した5つのパーツとは、頭・首・胴体・足・尻尾という恐竜の姿を構成する部位のことです。
とはいえ、それぞれの部位はリアルなものではなく、フリーハンドで描かれた単純な曲線からつくられたかたちだけのものです。
なので、ひとつひとつの部位をじっくり眺めても、たとえば頭や胴体の部分などは見る向きによってはできそこないのジャガイモのようにも見えますし、手に取ると小さなバッグにも似ています。また首や足の部位などは背の高い煙突か、横長のベンチのようにも見えてきます。
ただし、各部位ごとに同一の大きさとかたちに揃えているので、どの子も同じパーツを必ず5枚使用することになります。
それらの部位(パーツ)は白色の厚紙から切り出し、パーツごとに色画用紙の上に分けて置くことにしました。
そしてその使い方ですが、あらかじめ以下の三つを提示しました。
- ➀どのような向きにしても、自分の思う位置に配置すればよい
- ②そのパーツにハサミを入れて口やキバ、またはトゲトゲを表現するなど多少の変化を加えてもよい
- ③基本パーツの5枚以上に、切り出した不要の厚紙などを利用してもよい
つまり、これだけのことを意識していれば、各パーツの使い方や発想次第でいく通りものかたちを表現できるということです。
ふたつめに示した色彩の方法ですが、従来絵の具は筆などを使って色を塗るという行為を基本にしてきました。でも今回は、スタンプを押すように〝叩く〟という行為で色を付けていきます。
これは乳児などでも遊べる「タンポ」というものです。
簡単にいえば、布を手ごろな四角形に切り、その真ん中に綿などを丸めて置き、それを布で包み込むようにして輪ゴムで止めたものです。
それを水分の多い絵の具に浸して、画用紙をポンポンと叩くようにしていくと色が付いていきます。
軽く叩いても、強く叩いても、またはこするだけでもさまざまな色彩の変化が得られて、まさに乳児などでも十分に楽しめるものです。
そこで今回は、子どもたちの力加減によって色彩の変化やかたちの面白さが明確に表れ、かつ使用頻度の高い丈夫なものを特別に作成しました。
まず凹凸の波がある段ボール紙を細長い長方形に切り、それをのり巻きのようにくるくると巻き込んで筒状にしたら輪ゴム止めます。仕上がりサイズとしては、子どもの手に握れるほどの大きさにします。そう、太巻き寿司のようなかたちを想像してみてください。
そして、その筒状にした頭部分の片側に、気泡緩衝材(プチプチのある梱包用ビニール)を小さく正方形に切ってかぶせます。
この部分に絵の具を付けて、対象とする画面に叩きながら色を付けていくのです。
ビニール素材は絵の具を弾くので、画面に対してその都度絵の具の乗り具合も変わりますし、その叩き方によってもさまざまな模様が浮き上がります。もちろんこすっても使えるので、表現における汎用性も高まります。
上記の二つが今回の意図するところであり、同時にワークショップを行うための準備となります。
パーツの配置を少し替えるだけでも、姿かたちが大きく変わります
今回もワークショップの進行過程は、年中・年長クラス共に同じです。
また、今回は両クラス共に、自分たちがいつも過ごしている教室内で行いました。
はじめに先生が『恐竜図鑑』を子どもたちに見せながら、恐竜についてお話をしました。
恐竜に詳しい子どもたちはページを繰るごとに「あ、テラノサウルスだ!」「トリケラトプスはないの?」「イグアノドンがいいな」などと大声で反応していました。
そんなイラスト図を見ながら、自ら恐竜の真似をする子もいました。
そうしていくつかのページを開いたあとに、先生は図鑑を閉じて子どもたちに言いました。
「今日は恐竜をつくりますが、いま見たようなものじゃない、自分だけの恐竜をつくってください!」
先生はさらに説明を続けました。
「誰も本物を見たことないし、ここに描かれた恐竜の絵だって、いろいろな人が研究したり調査したりして、
こんなだったかもなぁ、っていう想像でつくり上げたものです。
からだの色だって、本当にこうだったかなんて写真を見たわけじゃないものね。
だから、自分が思う恐竜をつくってください。むしろ図鑑にはない姿や色で、思いっきりヘンテコなものでも、かわいらしい恐竜だっていいんだよ」
先生は誰もが持っている恐竜のイメージにとらわれることなく、自由な発想で創作して欲しいということをしっかり伝えました。
それから先生は、子どもたちを一か所に集めて、これから行う創作の手順について説明しました。
あらかじめ用意した恐竜の5つの部位(パーツ)を一つずつ取り出して、
「これは頭、これが胴体、それから首と足・・・」
それらを床に並べながら一頭の恐竜の姿をつくって見せました。
子どもたちからは「すげえーっ」と歓声が上がりましたが、先生は自らつくった恐竜の頭の部位(パーツ)をつまみ上げると、先の位置とは逆さに置きなおしてみました。
さらに尻尾の部位(パーツ)も下向きから上向きに替え、首も斜め上から少し下向きに垂れるように並べ替えました。
先生が次々にそれぞれの部位(パーツ)の位置を動かしていくと、どんどん恐竜の姿が変化していくのがわかります。
こうして何度もそれぞれのパーツを動かしていき、最終的に自分の思う恐竜の姿が決まったら、各部位(パーツ)同士が繋がっている部分に工作用のボンドを付けて貼り合わせます。
これで、先生(自分)だけの恐竜の姿が完成しました。
子どもたちはいっせいに「おお~っ」という感嘆の声を上げました。
先生は子どもたちに、まずはここまでの創作を行うように指示しました。
子どもたちは色画用紙の上に置かれた各部位(パーツ)を取りに行き、いよいよ創作開始です。
仕上がりは平面なのに、立体のように動き出す恐竜たち
年中・年長クラス共に、それぞれ個性的な恐竜の姿をつくり上げました。
この時点でも子どもたちは自分だけの恐竜を満足気に持ち上げ、「ギャオーッ」と鳴きまねをしながら教室内を歩き回っていました。
ほぼ全員が完成したのを確認し、先生はまた子どもたちを集めて、最終仕上げである色彩についての説明を行いました。
ここでは前述のように「タンポ」の方法を教えました。
しかしどうしても絵の具は筆などで塗るという動作に慣れているせいか、なかなか〝叩く〟という動作で色彩を施していくことに戸惑いがあるようです。
特に年中クラスの子どもたちは、パーツを組み合わせた白地の恐竜にうまく色が乗らないことに不安なのか、叩くよりもこすりつけて色を伸ばしながらムラなく白地を埋めていくことに力を注ぐ子が多くいました。
年長クラスの子どもたちは、やりはじめは戸惑いをみせた子もいましたが、〝叩く〟ことに面白さを覚えていき、最終的には器用にこなしていました。
いずれにしても、両クラス共に、ひとつとして同じ姿、同じ色彩や模様を持つ恐竜はなく、それぞれ個性豊かな、それこそ自分だけの恐竜に仕上げることができました。
本来の流れではこれで終了ですが、実はこの後、予期せぬ子どもたちの行動に驚かされたのです。
それは年中・年長クラスそれぞれに起こったことです。
まず年中クラスの子どもたちですが、色付けまで終わり完成したと同時に、誰に言われるではなくひとり、またひとりと自分の恐竜を手にしてベランダへ飛び出して行きました。
すると、そこに置かれた草花や野菜の植わったプランターにそれぞれの恐竜の頭部を差し入れたのです。
また、床に垂れた水にやはり頭部を浸ける動作をはじめる子もいました。
何をしているの?と尋ねると、誰もがみな、「草を食べてるの!」「水を飲んでるんだよ」と答えました。
気づけば、全員がそうしてベランダに出て大さわぎです。
そのうち、教室内でも机の下に潜り込んで、友だちの恐竜とじゃれ合うなど、しばらくそんな状況が続いたのです。
また年長クラスでは、仕上がった恐竜を一か所に並べるように指示をしたのですが、恐竜をそこに置いたまま誰もがなかなかその場から離れようとしません。
そこで先生は何気なく茶色の色紙を小さくちぎって、
「○○くん、これは肉だから恐竜にあげてみたら?」
と言って渡したのですが、その子は嬉しそうにその茶色の色紙を自分の恐竜の口元に差し出して、
「おいしい!って言ってるから、もう1枚ちょうだい」と催促してきました。
先生は一瞬呆気にとられた様子でしたが、もう一枚ちぎって渡しました。
今度はそれを見ていたほかの子どもたちも、
「先生、ぼくにも」「わたしにも」と次々にそれを要求しはじめました。
そのうちに、「ぼくの恐竜は草食系だから、草がいい」と言い出し、先生は急いで緑色の色紙をやはり小さくちぎって渡すと、それにもほかの子どもたちが「わたしにちょうだい!」とまたまた催促しはじめました。
年中・年長共にこんな展開になるとは、さすがに先生も予期せぬこの出来事に驚いていました。
そればかりか、年長クラスの子どもたちは自分の恐竜に名前まで付けたのです。
最後は各教室に並べて飾るなどして、絵の具の乾くのを待つことにしました。
その後、1階にある〈ブックラウンジ〉に作品を飾りました、と担当の保育士からその写真と共に報告を受けました。こうして観ると、展示スペースを占領した恐竜たちが、今にも肉や草を求めて動き出しそうですね。
かたちは自らの意思で決める、タンポという技法、そして著名な絵本作家のおはなし
本年最初のワークショップについて、あらためて松澤先生に聞きました。
「今回の狙い(意図)は先にも話したように2点です。
まずはパーツの組み合わせですが、同じパーツを使っても個々人でどう配置していくか、どう組み合わせてい
くかでそこに表れる姿かたちがまるで違うものになるということを直接体験して欲しいということ。
動かせば動かすだけいろいろなかたちに出会える(見られる)というのは、ちょっと不思議でおもしろいでしょ。
しかも自らの意思で納得するか、しないかの選択を繰り返し、最終的なかたちを決めるのも自らの意思ですから、大変なことですがとても重要なことを学ぶことにもなります。
これってアートにおける創作活動そのものですよね、プロもアマチュアもいつだって描いては消し、消してはまた書き直す、その繰り返しで、最後は自ら決断で作品を仕上げていく。
それから、〝タンポ〟ですが、やはり絵の具を叩いて色付けをしていくのは難しい動作だったかもしれません。むしろ乳児ならば叩くことを無意識にできるのでしょうが、年中・年長ともなれば今まで塗ることで成立していた動作がからだや指先に染み込んでいますからね。これに抗うことになるので、戸惑うでしょう。
ただ、これをさらに発展させていくと、たとえば美術工芸などで用いる〝スタンピング(型押し)〟という技法にも繋がるので、この機会に塗ることばかりが正攻法ではなく、叩くということも有りだということを覚えておくことも必要かなと思って、敢えてこの技法を採り入れました」
先生はそんなふうに話すと、
「ちょっと残念だったのが、もう少しユーモアのある、本当にヘンテコな恐竜が表れるかと思ったのですが。
意外と固定観念にしばられている感じでしたね、多分この恐竜人気で、図鑑にあるようなお決まりの恐竜が露出しすぎているせいかもしれません。その辺りは難しいところです」
こんな感想ももらしましたが、それでも今回の意図するところは十分に汲み取られ、一定の成果が得られたのでは、と振り返りました。
そこで話題を変えて、年中・年長クラス共に、終わりに見せた予期せぬ出来事について聞くと、
「あれには驚きましたね、まったく考えてもみなかった行動でした。それをただ幼いとか純粋などと言ってしまえばそれまでですが、それだけ子どもたちは自分のつくり上げた恐竜に愛着を持っていたということでしょ、創作者がもっとも自分の作品を愛するというのは当然のことですからね。
それは愛玩というか、まるでペットに接するような気持ちなのかもしれませんが、そうした思いが強ければ強いほど、自分のつくり上げた世界のなかに容易に入り込むことができるのだと思います。
しかも、男児、女児関わらずほぼ全員がそうでしたから、余計に驚きましたし、感動さえしました」
先生はそう言うと、嬉しそうに目を細めました。
話しの締めに、先生はこんなことを話してくれました。
「実は今回の恐竜制作には、世界的に有名なある絵本作家の描く世界を意識していたのです。あまり声高には言えませんが、アメリカの絵本作家エリック・カールの作品世界です。
彼の作品が持つ鮮やかな色彩と、作品に登場するユーモラスな姿かたちのものって、どれもがみな魅力的で、いつまでも印象に残りますよね。
ご存知のように、彼はさまざまな色や模様のついた色紙を切り抜いて、〝コラージュ(貼り絵)〟という技法で作品をつくり上げています。そうした部分だけでも、ほんの少し意識的に採り入れることができたらすばらしいかな、って」
そんな先生の話しを聞いて、今回のワークショップはどことなく彼の描く作品世界と通底しているようにも思えてきました。さらに先生は、
「でも本当に彼の技法なり創作をベースにしてワークショップを行うとしたら、そうとうな時間と手間をかけないと実現しないでしょうね。とうてい無理なことですが、せめてその周縁でも感じとれるワークショップができたらいいでしょうね」と笑いました。
先生は折に触れ、その理想とするところ、目指すところを冗談交じりに話しますが、そうしたポジティブな志向があるからこそ、毎回濃密なワークショップが行えるのだと思います。
あらためて今回の子どもたちの作品を見なおすと、いくつかの作品のなかに、エリック・カールが描く昆虫や爬虫類の絵を想起させるものがあったような・・・まあ、それを先生に言えば、一笑に付されて終わりでしょうけど。
ドキュメンテーション
太古の昔に生きた恐竜について考えてみます。
図鑑や博物館でみる恐竜は迫力があって、こどもたちは大好きです。
しかし、その色や肌については詳しいことは解明されてはいません。
そこで、頭、手、足、首、胴体のパーツを組み合わせながら自分の恐竜を作り上げてみます。
肉食?草食?空を飛ぶ?海にいる?もちろん色も自由に楽しむこと、ヘンテコなことを考えることもアートには不可欠です。
誰とも違うオリジナルを考えます。
written by OSAMU TAKAYANAGI