春が来るまで、落ち葉にくるまりひと眠り。さて、そんな空間あそびとは?
「三寒四温」なんていう言葉を古いひとは想い出すのですが、
いよいよ春の訪れももうすぐですね。
自然のなかに生息する無数の生き物たちも、長い冬眠から目覚めの準備をはじめているかもしれません。
もっとも、深く静かな穴のなかでぬくぬくと落ち葉にくるまりながら眠っている生き物たちには、まだちょっと春は先延ばし、というところでしょうか。
今回のにじいろワークショップは、そんな生き物たちの冬眠の情景を思い浮かべながら、〈インスタレーション( Installation )〉を体験します。
年中クラスの子どもたちは初めての〈インスタレーション〉ですが、年長クラスの子どもたちは一昨年の10月に「クモの巣」を想定した〈インスタレーション〉を行っています。
〈インスタレーション〉とは、空間そのものをひとつのアート作品としてとらえる、ということです。
さて、今回はいつものホールが、子どもたちの想像力と創造力でどんなアート空間に仕上がるのか楽しみです。
円すい形のお家に、子どもたちはどんな光景が見えるのでしょうか
子どもたちが入室する直前まで、先生と保育士はワークショップの準備で大わらわでした。
それというのも、今回の〈インスタレーション〉は大仕掛けだからです。
では、準備のようすを簡単に記しておきましょう。
まずは黄、オレンジ、赤、ピンクなどいくつかの色のすずらんテープを用意します。
すずらんテープは、色ごとに一定の長さで十数本ずつ切り分けます。
切り分けるその一定の長さとは、天井から床面までです。
ただし、天井から床面まで垂直に測った長さではなく、ホールの天井中央の一点を起点にして、そこから斜めに床面へ降ろした長さです。
当然、斜線の傾きがゆるやかなほど無限に長くなるので、ここは床面の幅に応じた斜線の傾きを想定し、その長さ測りました。
次に、各色十数本ずつ切り分けられたすずらんテープを、同色でまとめて束ねます。
黄、オレンジ、赤、ピンクで4つの束ができあがりました。
最後に、同色ごとに束ねた一方の端の部分のみをひとつに結びます。
1本ずつばらばらだったすずらんテープも、これできれいにまとまりました。
実は、これが今回のワークショップの土台となり、これをつくるのに先生や保育士が天井と床面を測り、すずらんテープを切り分け、ひとつに束ね・・・とその準備に追われていたのです。
でも、以上で準備OKです。
というところで、年中クラスの子どもたちの登場です。
大きな声でごあいさつをすませると、先生は準備しておいたすずらんテープの束を持って子どもたちの前でゆっさゆっさと大きく揺らしたり、吹き流しのようにすばやく空中を走らせて見せました。
目の前でパラパラ、ひらひら舞い踊るすずらんテープに、早くも子どもたちは大さわぎです。
ですが、ここまではいつもの序章です。
先生はそのすずらんテープの束をひとつ手に取ってホールの中央へ行き、椅子の上に立って天井に備え付けられている金具にそのすずらんテープの結んだ部分をしっかり固定しました。
この天井の金具ですが、子どもたちが乗る、揺れるなどの感覚刺激を受けて遊べる〈感覚遊具〉を支えるための特別なものです。園舎を建てる際に、このホール天井に設置しました。
今回はその金具を大いに活用させてもらいました。
先生がそのすずらんテープを天井に固定し終えると、十数本のすずらんテープがいっせいに天井から降りてきました。
その1本1本のすずらんテープを先生と保育士は床面の四方八方へ斜めに引っ張り、その1本1本を床面に養生テープでしっかり留めていきました。
天井の1点から放射線状に床面へ伸びた十数本のすずらんテープは、まるで円すいを形づくるように見えます。
あるいは、円すい形のテントの骨組みのようです。
その光景を見ていた子どもたちは、最初はなにがはじまるのか不思議そうでしたが、みるみる円すい形に仕上がってくると、「すごい、すごい」と声を上げてはしゃぎはじめました。
そこで先生は、はじめて今回のワークショップのテーマを話しました。
「この季節は、自然のなかで生きている動物や昆虫たちはまだまだ冬眠しているよね」
子どもたちは冬眠の意味を理解しているようで、
「うんうん!」とうなずきます。
「なので、今回はこの部屋いっぱいに冬眠するためのお家をつくります」
と先生は言うと、子どもたちに出来上がったばかりの円すい形の中に入るよううながしました。
子どもたちは待ってましたとばかりに入ろうとしましたが、
「ちょっと待って、その前にひとつ注意しておきます」と先生は子どもたちの動作を留め、
「このお家は壊れやすいので、1本1本のテープを蹴ったり、手で押したりしないこと」
子どもたちは「はーい」と元気よく答えたものの、どうやらまだ勢いあまって飛び込んでいきそうです。
そこでさらに「もし、このお約束が守れないなら、今日はそこで終わりにします」と。
その厳しいひとことはさすがに効いたようで、子どもたちも自ら気をつけながらゆっくり円すい形のスペースの中に入っていきました。どんなことにも守るべきルールはあります。
ことアートワークは繊細で、注意深く行動することが必要ですから、それを子どもたちにも知って欲しかったのです。
でも中に入ったら、それだけで気分は高まっていきます。
暴れないように、と自分を律しながらも、どこか落ち着かずにおともだち同士で押し合ったり、くっついたりと気持ちは今にも暴れ出しそうです。
そんな子どもたちを中に見ながら、先生と保育士は天井から縦に伸びた十数本のテープの外周に、今度は新たなすずらんテープを横にぐるぐると巻きはじめました。
円すい形のお家は、まるで色とりどりの縦糸と横糸で編みこまれたようです。
またその勢いのまま、保育士が壁部分にもほかのすずらんテープの束を固定し、同じように床面に向かって1本1本のすずらんテープを斜めに伸ばして固定し、もうひとつ新たな小さなお家をつくりました。
これでふたつの冬眠用のお家ができました。
先生は子どもたちに一旦円すい形の中から外に出るように指示し、
「いまのままじゃ、ちょっとお家が寂しいね、なにか飾りつけをしようかな?」と言いました。
子どもたちはもちろん、その意見に大賛成です。
先生は、あらかじめ用意したお花紙を子どもたちに見せました。
「このお花紙は、とってもやわらかくて、手のなかでまるめるとふわっとした形になるから、これでお花をつくったりできるよ」とお花紙の特性を話しながら花の見本をつくって見せました。
それからその花を円すい形のお家にセロテープで貼り付けました。
骨組だけだった円すいのお家が、そこだけパッと明るくなったみたいです。
子どもたちは思い思いの色のお花紙を取ると、いつものように自分だけの独創的な花をつくって貼りつけていきました。
ふたつの円すい形のお家にどんどん花が咲き、春を迎えて目覚める準備がすっかり整ったように見えます。
そんな飾り付けが終わると、先生は
「じゃ、最後にぐっすり冬眠できるように、温かな布団を敷きましょう」と言って、古新聞を子どもたちにわたしました。
子どもたちはその古新聞を折ったり、丸めたり、ひろげたりと自由にそのお家のスペースに置きはじめました。
おそらく子どもたちの目には、そこに敷き詰められたのは古新聞ではなく、温かなベッドや布団や枕に映っているのでしょう。
そのうちに、ある子が、いきなり新聞をひろげて壁に貼り付けました。
「それ、なーに?」と聞くと、
「テレビだよ!」と答えました。
その発想にはただただ脱帽です。
すると別の子が新聞をおりがみのように折って、かわいいテーブルをつくって運んできました。
もう、おとなのつまらない思考や想像力をはるかに超えています。
ワークショップの終わりは、全員で古新聞のふとんにくるまって眠りにつきました。
子どもたちが見上げたホールの天井も、きっと、いつもの天井ではない別の景色に見えていたのでしょうね。
最後のワークショップに、たくさんの想い出とアートな体験を!
今回は年中クラスの子どもたちがつくった円すい形のお家は、そのまま年長クラスの子どもたちが引き継ぐことになりました。
もちろん、年長クラスの子どもたちも同様にお家づくりをしてもらいます。
なので、天井の金具を起点にした円すい形のお家がふたつ、壁を起点にしたものがふたつと、いつもの大きなホールも子どもたちがつくったお家でいっぱいになりました。
そうそう、今回のワークショップは今期最後になります。
ですから、年長クラスの子どもたちにとっては、これがほんとうに最後のにじいろワークショップです。
いわば、2年間の集大成です。
最後の最後まで自由に、のびのびと、こころもからだもおもいっきり解放して臨んでくれたら、と先生は願っていました。
そこで、先の年中クラスでは円すい形のお家の原型づくりを先生と保育士で行いましたが、年長クラスの子どもたちは先生と保育士との共同作業で行うことにしました。
まず天井の金具にすずらんテープを固定し、そこから床面に垂れた十数本のテープ1本1本を子どもたち一人ひとりが握ります。
それから大きな円を描くように一人ひとりがひろがって、1本ずつ床面にすずらんテープを貼り付けていきました。
そうして出来上がった円すい形のお家に、年中クラスと同じように別のすずらんテープを横にぐるぐると何周も渦を巻くように張り巡らせていきました。
年長クラスの子どもたちも、やはりそこへ飾り付けをしましたが、ここは敢えて冬眠のためのお家づくりと限定せずに、
「お城でも、隠れ家でも、また別のもので良いから、お友だち同士数人でこのホールにあるお家を選んで、自由に飾り付けをしていいよ」と急きょ先生は子どもたちの自由意志に任せることにしました。
お花紙を使ってお花をつくるもよし、きれいなリボンをつくってもよし、古新聞をどんなふうに利用するもよし、もしも看板などを付けたければ短冊サイズに切った画用紙に文字や絵を描いてもよし、そんなふうに選択肢に幅を持たせました。
元気の良い男の子たちのグループは「へびのいるばしょ、きけん」などと看板を掲げて、怪しげな飾り付けをしはじめました。
女の子は数人で一番小さなお家のなかを、赤やピンクのすずらんテープをたくさん用いて華やかに飾りつけをしていました。
一番大きなお家を占領した子どもたちは、そのなかでゴロゴロ寝ころびながらふざけたり、楽しそうに笑い合っていました。
そして最後は、やっぱり古新聞をその中に敷き詰め、全員でおやすみなさい、のポーズです。
年長クラスの子どもたちそれぞれが見上げた天井もまた、いつもの景色とは違うものが見えていたことでしょう。
年長クラスのワークショップ終わりは、先生に2年間の感謝を込めたごあいさつを送りました。
年長クラスのみなさんへ
この2年間、にじいろワークショップで学んだこと、経験したことは、すぐに役立つようなものではないけれど、いつの日か必ず、どこかで支えてくれたり、元気づけてくれるはずです。
おとなになっても、また世界中のどこにいても、ここで身につけた想像力と創造力は一生失うことのない宝ものですから。
自分もアートの一部になる、そんな非日常的な世界をつくる
にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生からのコメントを紹介して、今期最後のワークショップを締めくくろうと思います。
「すずらんテープひとつで、非日常の世界に入り込める。これって、すごいことですよね。
とくに子どもたちの想像力の豊かさはおとなのそれではとうてい及ばない領域にあります。
指導の範疇をはるかに超えた、まったく予想外の発想やそれを実現化する力は毎回驚かされますが、そういう部分をむしろもっと伸ばしてあげられたらと考えています」
先生は、いつも子どもたちに寛容です。
〈のびのび〉と〈自由〉な発想やアート的な行動に対しては、子どもたちと一緒に感動し、どんな些細なことでもほめてあげることを忘れません。
もっとも、そのために最初に予定していた指導がその場の子どもたちの反応によってよく変更になるので、現場で準備をする保育士たちは大変そうですが(笑)。
そして、今回のワークショップをこんなふうに語りました。
「この〈インスタレーション〉では、自分もアートの一部になるということを体感してもらいたかったので、
それは自然に全員がこのアートの世界に溶け込んでいたのでよかったです。
逆にいえば、子どもたちがそこに居なければ成立しないアートの世界を、みごとにつくりあげてくれたな、と思います。
細かなことでいえば、天井から床面に向かってふりそそぐシャープな放射線から得られるインスピレーションをどこまで感じとってくれたかということが重要です。
今回は視覚的なことですが、普段のホールにはない状況ですからね、それだけでもかなり子どもたちには特別な光景として刺激を受けていると思います。
何気ないすずらんテープ1本でも、普段そこに見えていた景色が一転するのだ、というアート的な思考を学んでくれたらうれしいですね」
来期もまたのびのびと自由に、そしてあそびながらアート体験ができる最高のワークショップを行っていきます。
ドキュメンテーション
冬眠 ? 空間あそび ― テープのインスタレーション
冬になると動物や虫たちはどうしているのだろう?
そんな疑問からホールテントをいくつかつくり、子どもたちを遊びに誘ってみます。
テントは新聞紙やすずらんテープを骨組みとして、周りにいろいろ飾っていきます。
子どもたちから、どんな発想が出てくるでしょうか?
材料をいろいろ用意して、楽しい冬の物語を一緒に参加したいと思います。
written by OSAMU TAKAYANAGI