【にじいろWS 2023-12月】「小麦」のおはなしと小麦ねんどでつくるオーナメント

2023年12月27日 水曜日投稿


一年を締めくくる12月のワークショップは、「小麦」を知る・つくる・飾る

2023(令和5)年も年の瀬を迎えました。
今回のにじいろワークショップも本年最後となります。
この数年、一年を締めくくる12月のワークショップは、日々子どもたちの栄養バランスを考え、安全でおいしい給食づくりに取り組んでいる当園の栄養士および調理師との共同企画で、〈食〉と〈アート〉のコラボレーションを行ってきました。
昨年の12月は、画家・アルチンボルドへのオマージュとして、実際の野菜や果物を素材にした肖像画の制作を行いました。

そこで今回も〈食〉をテーマにし、誰もが知っている、そして誰もが食している「小麦」という食材にスポットを当てたワークショップとしました。

ご存知のように、小麦はパンをはじめ、うどん、ラーメン、パスタといった麺類から餃子の皮やタコ焼き、お好み焼き、またはお菓子の類など、多種多様な食品に使用されています。
それらは子どもたちも口にする大好きな食品ばかりですが、意外とその元となる「小麦」について知ることはほとんどないと思います。

今回のワークショップは、最初にそんな「小麦」についてのお話を栄養士から聞き、それからそれを使った小麦ねんどを子どもたちと一緒につくり、最後はその小麦ねんどでクリスマスなどのオーナメント(飾り・装飾品)づくりを行います。
ただし残念なことに今回は完成品を食べることはできません。
それでも当然食べることが可能な素材と実際の調理を想定した工程を踏みますので、実践的な疑似体験としても子どもたちには想い出深いワークショップになると思います。

食物アレルギーへの対応について
[小麦]によるアレルギー反応を起こすお子さまもおりますので、にじいろワークショップを実施するにあたり当園の規定に準じた安全な対応を取らせていただきました。

栄養士の「小麦」のおはなしから、小麦ねんどができるまで

まずはいつものようにワークショップのための準備です。
先生は子どもたちへの見本として、小麦粉を用いたねんどづくりをはじめました。
調理用ボールの器に小麦粉を入れ、水と油と塩を加えて手指で混ぜあわせながらなんどもこねます。
感触がモチモチになった時点で、小麦ねんどはできあがります。
あとは色付けの黒・緑・青・赤・黄色の食用色素と、ねんど板代わりに牛乳パックやトレーシングペーパーを人数分用意して完了です。

では、これよりワークショップ開始です。
今回は年中クラス・年長クラス共に、先生がまずあいさつをして、それを受けるように当園の関塚郁美栄養士が子どもたちに「小麦」のお話をしはじめます。
関塚栄養士はいく枚かの写真パネルを用意し、収穫された種子が製粉され、小麦粉として誕生し、それがその後にパンや麺、お菓子などの食材に変化するという一連の流れを順序だててていねいにわかりやすく説明しました。
子どもたちは初めて知る内容になんども写真を眺め、関塚栄養士のお話にも興味深く耳を傾けていました。

お話がひと通り終わると再び先生が子どもたちの前に立ち、いつものワークショップがはじまりました。
先生は事前に準備しておいた小麦ねんどのかたまりを、薄く伸ばして牛乳パックに貼り付けた状態のまま子どもたちの前に差し出しました。
しかし子どもたちはそれほどの反応を示しません。一見すると、いつもの工作用ねんどと変わらないからです。
でも先生がその小麦ねんどの端を指で引っ張ると、途中で切れることなく、おもちのように長く伸びていきました。それを見た子どもたちは、予想に反したものだったので「え~~~!?」と声をあげました。

先生は、これが先に関塚郁美栄養士がお話した「小麦(粉)」でつくったねんどであることを伝え、子どもたちにそれを少しずつ渡して、小麦ねんどの持つ感触を確かめてもらいました。
そのもちもち、ぷにゅぷにゅしたなんともいえない感触に、誰もが思わず笑顔になりました。

そこで先生は、
「今日のワークショップは、まずその小麦ねんどをみんなにつくってもらいます!」と言いました。

小麦ねんどをつくる工程は、年中クラス・年長クラス共に同じです。
数人のグループに分かれてテーブルに座り、そのテーブルに調理用ボールの器(※以下ボールに省略)をグループにひとつずつ置いていきます。
それからそのボール一つ一つに、小麦粉を適量入れます。
そこで先生は
「このさらさらした粉状のものが小麦粉だよ、じゃあ、それもそっと指で触ってみようか」と言いました。
子どもたちは待ってましたとばかりに、いっせいに指を差し込みました。
「ああ、さらさらだ」
「ふわふわしてる」
「気持ちいいね」
と初めて触った小麦粉の感触について、それぞれがさまざまな感想を口にしました。
「これがこの先にパンになったり、麺になったり、お菓子になるんだから不思議でしょ」
先生は笑いながらそう話しました。

 

それから先生は「いまは真っ白だから、これに色を付けます」と言いながら、保育士と手分けをしてボール1個につき1色ずつ食用色素を垂らし込みました。
「先生、これ何色?」と子どもたちから声があがりました。
そう、それだけでは全体に色が表れません。
「これから魔法の水をかけるからね、そしたら色が浮き出るよ」
先生はそう言うと、また保育士と手分けしてそれぞれのボールに水を注ぎました。
子どもたちは「ウソだ~魔法の水なんてないよ」と笑って応えました。
水は一気に注がずに、少しずつ数回に分けて加えていきます。
またサラダ油と塩もこの段階で少量加えます。

小麦粉と水がほどよくボールのなかで混ざり合ったころ
「また指で触ってごらん、今度はやわらかなおもちみたいだよ」
先生はまた感触を確かめるように言い、
「じゃあ、そのなかを今度はよーくこねて」と付け加えました。
するとどこからか、
「あれ?色が変わった!赤色だ」
「ほんとだ、こっちは黄色」
と次々に色の変化に気づいた子どもたちの声が響きわたりました。
子どもたちがこねたことで、色の変化が起こったのです。
こねればこねるほどそれぞれのボールによってさまざまな色が染み込んで広がっていきます。
先生が子どもたちの驚く声に
「だから言ったでしょ、魔法の水だって」と返しました。
子どもたちは半信半疑ながら、ひとつのボールのなかを競うようにこねました。
そのたびに色がどんどん深まり、こねればこねるほどやわらかさが増していきました。
子どもたちはそのことにただただ夢中ですが、きっと、この鮮やかな色彩と指の感触は記憶と五感に残るでしょう。

でき上った小麦ねんどは、まさにおもちのようにボールにべったりと貼りついているので、それを取り出してひとつのかたまりにまとめます。
その作業は先生と保育士、栄養士が手分けして行うことにしました。
そこで先生は次の作業に移る前に、1本1本の指に付着した小麦ねんどをすべて落としてから一度手洗いをするように言いました。
子どもたちは両手の指を何度もこすり合わせながら、付着した小麦ねんどをきれいにボールのなかに落としていきました。

と、そのとき偶発的に起こったエピソードがあったので~本稿の趣旨とは逸れますが~記しておきます。
それは、指に付いた小麦ねんどを落としているさなかのこと、年中クラスのある子がこんな歌を唄いだしたのです。
♪~おやゆび おやゆび / こちょこちょ こちょこちょ
あらって あらって / くりくりしましょ (*一部省略)
この歌のメロディは、手遊び歌の『カレーライスのうた』(作詞:ともろぎゆきお 作曲:峯陽)ですが、それを看護師が「てあらいのうた」という替え歌にして子どもたちに手を洗うことの大切さを教えたものです。

その子と一緒にいたグループの子どもたちも、示し合わせたように大きな声でこの歌を唄いだしました。
それは日常唄う場面とはまったく無関係な場所で、ほんとうに突然唄いだしたことに何事かと驚きました。
でも、そのうちその光景が微笑ましく、またとてもすばらしいことように感じてきました。
おそらくその子らにとって、そのときの動作と指から伝わる感触が瞬時にその手遊び歌を呼び起こしたのでしょう。結果、なんら意図することもなく、歌唱という行為でその状況を表現したにすぎないのです。
あることに触発された瞬間、自らの発想や想像がまったく予期せぬ世界にジャンプしていくことがあります。
特に芸術の分野ではそれが往々にしてあり、そんな瞬間を待ちわびることさえあります。
だから、そうした子どもたちの感性や表現~たとえ、その場の物事とは異なっていても~を見過ごすしたり、止めたりせず、むしろそうした行為を寛容に認めてあげることが重要ではないかと思ったのです。
そして、それがもっともできる場は、このにじいろワークショップのような気がしました。
長々と横道に逸れましたが、本稿に戻します。

オーブンで仕上げたオーナメントは、食べたくなるほど香ばしい匂いが

子どもたちが実際に手指を洗いに行っている間、先生と保育士たちででき上った小麦ねんどのかたまりを回収し、それらを小さく切り分けて子どもたちのテーブルに戻しました。
手洗いを済ませた子どもたちが順々にテーブルに戻ると、自分たちがつくり上げた小麦ねんどのかたまりが、いつしかいくつもの小さなあめ玉のようなものになってテーブルの上にあったのでびっくりしたようです。
「なんだ、これ?」
「さっきのねんどか?」
子どもたちは確認するかのように、指でつまんだり、つついたり。
なんとなくざわつきながらも全員がテーブルに戻ると、先生はいったん自分の周りに子どもたちを集めました。

先生は小さく切り分けた小麦ねんどをいくつか持って、牛乳パックでつくったねんど板の上に並べました。
「これはさっきみんながつくってくれた小麦ねんどです。みんなが使いやすいように切り分けました。
で、これを使っていまからクリスマスツリーや壁などに飾ることのできる作品づくりをします」
先生はそう言うと、小さな小麦ねんどのひとつを手のひらに乗せ、くるくると丸いかたちに整えました。
それを牛乳パックのねんど板の上にひらたくつぶして置き、また別の小麦ねんどを取り、こんども形を整えたら先に置いた小麦ねんどに貼り合わせるように置きました。
それを何度か繰り返すと、牛乳パックのねんど板の上にかわいらしい動物の顔が現われました。

そんな先生のお手本を見定めると、子どもたちは自分のテーブルに戻って、早速作品づくりにかかりました。
年中・年長に関わらず、どの子も素材は違えどねんど細工は慣れたものです。器用に丸めて、貼り合わせて、さまざまな色合いとかたちで作品をつくっていきました。

そうそう、先生はいつものように年長クラスの子どもたちには作品づくりの上でひとつだけねじり合わせる手法を教えました。
ひも状に太く長く伸ばした色の違うねんどを2本用意して、それをねじりながらクルクルと交互に絡ませて巻いていく方法です。2色の違う色が絡み合うそれは、なんとも不思議で美しいものです。
ある女の子は、でき上ったものを自分の腕にブレスレットのように巻き付けて嬉しそうに眺めていました。

「仕上げるときはなるべく薄く、たいらにしてね」
先生は完成が近づいた子どもたちに、仕上げに関しての留意点を伝えました。
仕上げた作品に厚みを持たせないのは、装飾品としての完成形を考慮したことと、最後にオーブンで焼き上げるのですが、その際に厚みのあるものは焼き時間の設定が難しく、場合によっては作品がこげてしまうこともあるからです。
先生はオーブンで焼く前にあらゆる仕上がり状態を想定して、栄養士や調理師と入念な準備を行いました。

こうして子どもたちはオリジナル・オーナメント(飾り・装飾品)の最終仕上げとして、オーブン用の天板に自分の作品を乗せていきました。
特に年長クラスの子どもたちは、自らの作品を天板に乗せるという作業にも積極的に参加しました。
天板の上に並べられた作品をみんなで囲み、いつものように自分自身の、そしてお友だちの作品を鑑賞しながら感想やら自慢やら、楽しいおしゃべりを交わしていました。

栄養士と調理師は手際よく仕上がった作品を天板の上に乗せ、目の前にあるキッチンへと運んでいきました。
しばらくして、最初にオーブンに入れた年中クラスの作品の一部が焼きあがってきました。
どうやら、焼きこげることもなく上手にでき上ったようです。
近くに鼻を寄せるとクッキーやパンが焼き上ったときの香ばしい匂いがして、ちょっとつまみ食いをしたくなるようでした。
関塚栄養士の話しでは
「オーブンの設定として基本は160~170度で10分ほどですが、いろいろ試したところ150度で15分くらいじっくり、ゆっくり焼くのがよさそうです」とのこと。

その後、担当の保育士から聞くところによれば、午後にはすべてが焼き上がり、どれもきれいに仕上がったそうです。あとは作品ひとつひとつにニスを塗って仕上げ、それを園内に飾るとのことです。

もはやアートといえる職人の〈手仕事〉を、子どもたちが疑似体験

栄養士による「小麦」のお話、そして小麦ねんどづくりからオーナメントとしての作品の創作、さらにオーブンでの仕上げと、今年を締めくくるのにふさわしい盛りだくさんの内容だったと思います。
もちろん、年中クラス・年長クラス共に子どもたちはあわただしくもよくやり遂げました。

では、最後はやはりにじいろワークショップを企画・指導する松澤先生に締めてもらいましょう。
「昨年同様に〈食〉をテーマにしましたが、敢えて言うまでもないですが〝食べもの〟は人間にとって最も重要なものであり、最も身近に存在するものだということを再認識する意味でも、こうして一年に一度でもワークショップとして採り上げることは子どもたちにとって重要かと思います。
特に〈食〉と〈アート〉のコラボレーションは魅力的な題材です。
昨年のアルチンボルドもそうですし、今回も一般的に見れば自然から生まれた単なる食物ですが、それがちょっと見方を変え、工夫を施すと、飾ったり眺めたりできる鑑賞用の美術品に変化するというのがおもしろいところです」
先生は、そうした〈食〉から〈アート〉への変化や展開がおもしろいのだと強調していました。
確かに本来ならばすべて食べられるものですから、〝食べもの〟が〝観るもの(装飾品)〟に変わる?と考えたら不思議な気持ちになります。

先生はさらにこう続けました。
「例えば、日本でいえば和菓子職人、西洋でいえばパティシエかな、それぞれに文化や嗜好は違っても目指すところはより〝おいしく〟、そしてより〝美しく〟だと思うんですね。
それで〝おいしく〟は好みにもよりますが、〝美しく〟は万国共通の認識ですから、誰の感性にも訴えることができる〈アート〉と同義ととらえたら、あきらかに和菓子も洋菓子も芸術の領域です。
しかもその両者共に、AIが先端をいくいまという時代に、未だすべて手仕事の技でつくりあげるのですからすごいじゃないですか。
そういうことでいえば、今回子どもたちが行った創作行為もすべてにおいて職人の手仕事そのものを疑似体験したようなものです。
ですから、そこから得た知識や体感が必ずひとりひとりのなかに残っているはずです。
職人はその指先に残った食物の感触やそのときの経験が、そのものを食するたびに自然によみがえってくるそうですから、子どもたちにも同様のことがあるかもしれませんね。
これからは毎日の給食もただ漠然と食べるということから、もっとその素材に思いを寄せるというか、興味を持ちながら戴くというか、気持ちの在りようが変わってくるんじゃないかな、そういう点でも〈食〉をテーマにするこの企画の意義があると思います」

そんな先生の話しに大いに納得したところで、2023(令和5)年ももうすぐ終わりを告げます。
一年間、松澤先生、保育士のみなさん、そして子どもたち、ほんとうにお疲れ様でした。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ドキュメンテーション

written by OSAMU TAKAYANAGI