園から望む紅葉の山や富士山をイメージして、ホール内に雄大な山々を創出しよう!
園内のベランダから一望できる奥多摩や丹沢の山脈。さらには、日本を象徴する富士山の姿もくっきり見えます。
それは、自然に恵まれた環境に位置する羽村市ならではの眺望といえるでしょう。
特にこれからの季節は紅葉を迎え、木々の彩りに合わせるように山がさまざまな表情を魅せてくれます。
もちろん、富士山の頂上には白く輝く雪化粧も。
今回のにじいろワークショップは、そんな園からの眺望をイメージしながら、いつものホールに子どもたちの手によるオリジナルの山々をつくろう、というものです。
今年8月に行われたワークショップで、同じくホールいっぱいに木々を植え(立て)たのはご記憶に新しいかと思いますが、今回はよりスケールアップして雄大な山々を創出します。
円すい形〈立体物〉に描くということの難しさ、面白さ、美しさを体験
ではいつものようにワークショップの準備から。
床にはクラフト紙を敷き詰め、白い壁には透明なビニールを貼り、絵の具がどこに飛び散ってもよいように養生を施します。
そして今回も木々を創作したのと同様に、あらかじめ四つ切サイズの白画用紙を用いて円すい形の三角山を子どもたちの人数分つくり、それらを床面にひとつひとつランダムに置きます。
これだけでもホール内は一気に山岳地帯の壮大なパノラマを見るようで、ちょっとわくわくしてきます。
あとは色づけをするために各自のクレヨンと、絵の具(黄・緑・茶・赤・白色など)をパレットに用意します。
まずは年中クラスです。
でも、ホールに入るやいなや、あれ?どこかで見たような・・・そんな表情の子どもたち。
そうです、この8月のワークショップで見た木々が立ち並ぶ光景に似ています。
ですが、よく見れば、ちょっと形状が違いますね、それに気づいたかな。
先生はごあいさつをすませると、すぐさま子どもたちをホールの端に集めました。
そこからはホールの中央に立ち並ぶ円すい形の三角山を一望することができます。
そこで先生は、目の前に見える円すい形と同じ形状のものを一つ手に取って、 「これ、な~んだ?」と子どもたちに聞きました。
子どもたちからはさまざまな答えが返ってきましたが、一番多かった声は「帽子」でした。
先生はその答えを試すように、数人の子どもたちの頭にそれをかぶせてみせました。
すると、まるで測ったようにどの子の頭にもすっぽりとはまり、これにはみんなびっくりするやら笑うやら。
先生は、今度はいたずらこころを起こし、頭を差し出してきた子の顔にそれをかぶせてみました。
これまた測ったようにすっぽりと顔をおおいかくしてしまい、またまた大笑いです。
顔をおおわれた子も、一瞬びっくりしたようすでしたが、これまた大笑い。
それどころか、わたしも、ぼくも、と率先して顔を差し出してきました。
誰もがはじめて接する円すい形の立体物に触れたところで、先生は、やはり木々のときと同じように目の前に並ぶたくさんの円すい形の間を「ひとつも倒さないように、向こう側まで走り抜けてみようか」と言いました。
子どもたちは木々のときの体験がからだに残っているのでしょうか、みんな上手に走り抜けました。
次に先生は「それじゃ今度は、そのすき間に寝てみようか」と言うと、これにもみんなすばやく反応。
そのうち誰に言われるまでもなく、子どもたちはぼうしのように頭にかぶったり、自分で顔をおおったり、それを手にしてなにかに真似て動きまわったりと、それぞれに円すい形の立体物と遊びはじめました。
先生はしばらくそんな子どもたちを見ていましたが、再び子どもたちを一か所に集めました。
ここで初めて、この円すい形が〈山〉を模していることを伝えました。
さて、いよいよここからが本題。
先生は円すい形の真っ白な面を子どもたちに見せながら、「山には緑の木がいっぱい植わっているよね」と言い、緑色の絵の具で山の木々を描きました。
それから「花も咲いているし、山の頂上まで登っていける山道もあるよね」と色々な色を用いて、お話をしながら山からイメージするものをたくさん描き加えていきました。
最後に円すい形のてっぺんから、水で薄く溶いた絵の具を雨や川のように垂らしてみせました。
すると山に見立てた円すい形のその斜面を、ゆっくり絵の具のしずくが滑り落ちていきます。
それはなんだか、色のかたまりが生きていて、自ら勝手に動いているように見えます。
そしてそのしずくが通った道筋には、自然に描かれた一本の線が残りました。
先生の説明はここまでです。
あとは子どもたちそれぞれが、自分の思うままの山を創作していきます。
自然の山々がそうであるように、色や形がどの山も同じのようで、よくよく眺めればひとつとして同じ山などありません。
子どもたちも然り、10人いれば十の個性や感受性があるように、ここにも子どもたちの数だけさまざまな表情を持つ山がそびえます。
先生は年中クラスの子どもたちに対して、こんなことを話していました。
「山に見立てた円すい形という少し特異な立体物に絵の具で色づけするという、平面にはない絵画の難しさを前回の木々同様に体験して欲しいというのが第一の目的です。
また、急斜面のある立体では、絵の具が流れ落ちることで偶然に描かれる一本の線のアート的な面白さ、美しさ、その不思議な味わいといったものを自ら体験して欲しいとい思います」
子どもたちは時間ギリギリまで自分が手がける山(作品)に色彩や模様を描き続けました。
それだけでは描き足らないのか、山の麓(?)を想定したかのように、自分の山を置いたクラフト紙にまで絵を描く子がたくさんいました。
なかには、自分の山よりもクラフト紙に描く絵の方に夢中になってしまった子も。
最後に子どもたちはそれぞれの山(作品)をベランダに並べました。
明るい陽射しをいっぱい浴びた子どもたちの山々は、遠くに見える本物の山々にも引けをとらないほど雄大で、鮮やかで、個性的な山の存在感をしっかり放っていました。
年長クラスは画家モーリス・ルイスの技法にチャレンジ!?
先生は年長クラスを迎え入れる前に、年中クラスの創作過程やその作品の出来栄えなどをじっくり観察して、こんなふうに考えました。
「年長クラスは、画家モーリス・ルイスの色層の美しさを意識したワークショップを目指してみようかな」
これは当初予定していた到達点からレベルアップを図るということで、実は前々から先生の頭のなかにあったテーマのひとつでもありました。
それを実践するには最もふさわしいタイミングだとみたのでしょう。
モーリス・ルイス・バーンスタイン(Morris Louis Bernstein/1912~1962年)は、アメリカの画家です。
同時代にはポロックやロスコといったニューヨークを中心に活躍した画家たちがいましたが、彼らとは距離を置き、ひとり黙々と独自のアートを探求した稀有な作家でした。
そしてなによりも彼が注目されたのは、薄めたアクリル絵の具を巨大なキャンヴァスの上部から何層も流し込み、それによってさまざまな色が何層にも連なってできる、唯一無二の抽象画でした。
その技法とは、現代美術用語で「ステイニング(Staining)」といい、簡単に言えば素地のキャンヴァスに絵の具を滲み込ませるという方法です。
したがって筆は一切使用しませんが、その分容易な作業ではありません。なぜなら単純に流し込むにしても、先に流した絵の具が乾かぬ前に矢継ぎ早に次の絵の具を流し込まなければ彼の作品に見られるような色彩の重なりは生まれないからです。
しかも描いた作品がどれも巨大なキャンヴァスということで、いくら素早く行うにしてもよほどのスピード感をもった特別な技術が必要になります。
しかし、その技法、つまりどのように行っていたのかは、彼自身が知る以外に未だ謎だそうです。
今回、先生は素材として用いた急斜面のある円すい形と、年中クラスの子どもたちに教えたモーリス・ルイスを想定した簡単な技法を実践したことで、年長クラスへの新たなチャレンジを試みる決心をしたのです。
もちろん、ほぼ二年にわたって年長クラスの子どもたちに接してきた先生です、子どもたちの力量から推察した判断であったことは言うまでもありません。
年長クラスの子どもたちが集まり、先生はまず素材である円すい形についての話をしました。
そして、円すい形が「山」を模していること、これからその山を個々でつくりあげることを伝え、子どもたちを先生のそばに集めました。
ここからは年中クラスのこどもたちとは違います。
いかにしてこの円すい形に色彩を施していくかという、その技術的な方法を教えていきます。
それは、先生なりに解釈した画家モーリス・ルイスが用いた技法の実践です。
まず水に薄めた絵の具を筆いっぱいに染み込ませ、それを円すい形の頂点の真上までもっていき、そのしずくをゆっくり円すい形に垂らしていきます。
すると、その垂れた色のしずくは円すい形の斜面を一本の直線を描きながら下っていきます。
それをまた別の絵の具の色で行います。
これを何度も繰り返すと、円すい形の頂点からいく本ものさまざまな色彩の直線が糸を引くように円すい形の底面に向かって描かれていきます。
当然ですが、絵の具と水の量によって、その描かれる線の太さや色彩の重なり具合も異なります。
子どもたちは、色のしずくが勝手に傾斜を滑り落ちていき、惑うことのない直線を描いていくそのさまに目を見張るばかり。
先生の号令で、子どもたちは早速その技法にチャレンジしていきました。
どうやら開始早々から、先生の狙いは的中したようです。
子どもたちは誰もが容易にその技法を真似ることができました。
ほとんどの子どもたちは、素材である円すい形の斜面を上手に利用して何本もの直線を描き、その色の重なりによって生まれた色彩の帯や浮かび上がった模様を満足気に眺めていました。
そればかりか、溶かす絵の具と水の量によって、本物の火山から噴き出す溶岩流のようなドロドロとした絵の具のかたまりを流す子もいました。
それをはじめた子は「オレのは、火山だ!」と言って、真っ赤な絵の具をなんども垂らしていました。
どれもみな、モーリス・ルイスの作品を彷彿させる出来栄えです(これは、ちょっと贔屓目ですかね~苦笑)。
年長クラスの子どもたちの山々(作品)は、最後にホールの白壁を背景にして並べてみんなで鑑賞しました。
さすがに年長クラスの山々はデザイン的な要素を活かした、いわばアートとしての作品に仕上がりました。
子どもたちが今回習得したモーリス・ルイスばりの技法は、これからのアートワークにきっといい意味で何らかの作用を及ぼすことでしょう。
年中・年長クラス共にワークショップが終わった後、先生と保育士ですべての作品を園内エントランスに設けられた図書スペースやその正面に備え付けられた黒板下などにオブジェとして置いてみました。
こうしてみるとわかりますが、年中・年長クラス共に、子どもたちの創り出す作品は個人的な遊びの範疇を越え、間違いなくアートとして展示、鑑賞するに値するレベルのものであるということがわかります。
子どもたちはそれをどう感じているかは~当然、そのような評価は一切伝えませんので~わかりませんが。
それが5歳児の疑問であっても、真摯に作品に向かう姿勢には真剣に応えたい
今回のワークショップについて、あらためて企画・指導する松澤先生に伺いました。
「年長クラスは、画家モーリス・ルイスを意識したワークショップを試みました。
もっともそのことについての説明はおろか、名前さえ出しませんでしたが・・・」
先生はそう切り出すと
「これはかなりハードルが高いなとは思いましたが、子どもたちはいつものように臨んでくれればそれでいいですし、その結果に対してもいつも通りおのおのがなにかを発見したり、感じてくれればいいかな、と。
でも、見ての通り、子どもたちはこちらの心配をよそに平然とこなしていきましたよね!
もし年中クラスの子どもたちと同じように山々をイメージして、あの円すい形の白地にただ絵を描きなさい、と指示していたら途中で飽きていたかもしれません」
先生はなかば笑みを浮かべながらそう話しました。
さらに創作中の子どもたちの様子について尋ねると、
「年中クラスの子どもたちは、しずくが下に到達するまでじっと待つだけの集中力はありませんが、やはり年長クラスの子どもたちは、誰もが円すい形の頂点から斜面を滑り落ちるしずくの様子をじっくり観察できていましたね。それがあって、はじめてきれいな直線が何本も生まれるのですから。
これはあきらかに年齢と経験の問題なので、いまの年中クラスの子どもたちも来年は同じことができるでしょう」
こう返答したあと、ある子のことを急に想い出して、
「そうそう○○くんが、その流れるしずくを見ながら私に向かって〈パッとしないなぁ~パッとさせたいんだよな〉って言ってきたので、だったらいまの色じゃないもっと別の明るい色を垂らしてみたら、とアドバイスをしたのだけど、その疑問ってすごいでしょ、それって自分の作品と真摯に向き合っている証拠で、そうじゃなきゃ何気なく吐く疑問ではないですよ」
予想外の疑問を投げられた先生は、かなり驚いたようでした。
結果、アドバイス通りに別の色で試してみたのですが、〈うーん、そうだね〉とまだなにか釈然としない返答が返ってきたそうです。
「それが理路整然と説明できないまでも、自分の作品に対してなんだか腑に落ちないという、そんな疑問を持ったり、それについてどうにかしたいという欲求が生まれることは良いことです。
それが5歳児の疑問とはいえ、それに対して我々指導者はいい加減な対応はできない、いや決してしてはいけないと改めて痛感しました」
先生は、そんなことを口にしながら今回のワークショップを締め括りました。
そうです、毎回のことながら、このワークショップを通じて、我々おとなも子どもたちから何かを学んでいるのだということを忘れてはいけませんね。
ドキュメンテーション
山をえがこう 山をつくろう
8月に木を立てた経験から、今度は羽村市から見える奥多摩の山々をイメージしてホールに山々が出現したら面白いだろうと考えました。涼しくなり、山も色づきはじめました。また紅葉の頃には実際に奥多摩に出かける行事もあると聞いています。今回は、山に見立てた画用紙を立てて、色づく山をイメージして描画を楽しみたいと思います。
written by OSAMU TAKAYANAGI