平面から立体へ!発想力、想像力があれば紙一枚でも立ち上がる
個人的な話ですが、ある子ども向けの学習雑誌にこんな出題があったのを想い出しました。
「同じ高さのふたつのコップを5cmほど離して置いて、そのふたつのコップにかぶせるように折り紙を1枚乗せます。そこでコップとコップの中間あたり(下は空間)に10円玉を3枚乗せたいのですが、そのままでは落ちてしまいます。どうすれば折り紙の上に乗せることができるでしょうか?」というものでした。
そこに掲載されていたイラストには、重さに耐えられなくなった折り紙が10円玉と一緒に落ちていく場面が描かれていました。
それは仕方がないな、とイラストに納得しながらもその答えがわからず、恥ずかしくも回答ページをみたらこう記されていました。
「折り紙を1cm間隔ほどに山折り、谷折りを繰り返して山形の立体をつくることで折り紙に強度が生まれ、10円玉を乗せることができます」と。
そこにはまたイラストがあり、コップとコップにはまるで硬い橋でもかけられているような、蛇腹に折られた折り紙があって、その中間に10円玉が3枚しっかり乗っていました。
まさに目からウロコでした。
さて、こんな個人的なつまらない話からはじめましたが、今回のワークショップはこれにちょっと似ているかもしれません。
ごくふつうの色画用紙を使いますが、それを平面ではなく〈立体〉として作品にします。
さらにそれを展開させて、どこかにありそうでどこにもない架空の町「紙の立体タウン」に仕上げていきます。
少しわかりづらいかもしれませんが、一枚の平面の紙がどのようにして〈立体〉化していくのか、その過程から完成、そして応用までをあそびながら子どもたちに体感してもらうというのが、今回のワークショップです。
また年長クラスの子どもたちには、段ボール箱というありふれた四角形の立体物を加えて、いかにテーマに基づいたかたちにつくり変えて別のものに見せるかという、そんな試みも採り入れてみました。
子どもたちの夢がつまった、たったひとつだけの「マイ・タウン」
まずは準備から…
床に子どもたちのグループ分だけ大きなクラフト紙を敷きます。
今回のワークショップの舞台はこのクラフト紙の上になるので、ロール状のクラフト紙から少し長めにしっかりと敷き詰めました。
次に先生は色画用紙に正円を描き、それを切り抜いて外周の一点から中心点までハサミをまっすぐに入れると、ふたつに切れた端を1~2cmほど重ねて貼り合わせます。すると、平面だった1枚の正円が、ほんの少し頂点の盛り上がった円すいになりました。
それをいくつも用意し、それ以外にも各テーブルの上に小さく切った色画用紙、セロテープとでんぷんのりなどを用意しました。クレヨンやハサミは各自が用意します。
…これで準備は完了。
廊下に整列していた年中クラスの子どもたちは、待ちきれないようすでざわざわしはじめました。
ワークショップの準備が整ったところで、今回もにぎやかに入室。
そして、いつものように大きな声で先生へのごあいさつです。
それがすむと、先生は床に敷いたクラフト紙のひとつに子どもたちを集めました。
「今日は、みんなにこのクラフト紙の上に町をつくってもらいます」
子どもたちは一斉に「え~まち⁉」とやや微妙なリアクションです。
先生は、色画用紙でつくった円すいをクラフト紙の上に置きました。
子どもたちはそれぞれに「なんだ、それ?」「ぼうし?」「おさら?」と言い合います。
「あ、小さな山だ!」と気づいた子も。
「そう、ここの町には山があります」と先生は言いながら、いくつかの円すいを並べて置きました。
なんだかそれだけで町の風景に見えてきます。
「どこに山があるのかな、どんな山かな、グループごとに好きなところへ置いてね」と先生は言うと、今度は小さく切った一枚の白い画用紙を取り出し、そこにクレヨンでひとを描き出しました。
それも顔だけが大きくデフォルメされていて、ちょっとマンガっぽいひとの絵です。
そのひとの足部分にハサミで切り込みを入れてその紙を数回振ると、両足がバタバタと動きだすよう見えます。
子どもたちは一斉に笑い出しました。
先生はさらにそれを、先ほどの円すいの山の頂上にセロテープで貼り付けました。
すると、まるで山の頂上にひとが立っているようです。
またもう一枚長方形に切られた色画用紙を出して、それをふたつに折りました。
正面から見れば長方形が半分になっただけの平面ですが、横に向けて見たら、三角山の形に見えました。
先生は何気なくそれを床に置くと、1枚の平面だった紙がしっかり立っています。
子どもたちは、びっくりして眺めていました。
今度はそのふたつに折られたそれぞれの平面に窓がいくつもあるビルの絵を描きました。
それからそのビルの足元にのりしろをつくって、のりを塗ってクラフト紙に貼り付けました。
なんと、それだけで1棟のビルが完成しました。
こんなふうにいくつかのお手本をつくり、それぞれクラフト紙の上に立たせて見せました。
1枚の平面の紙が、次々と立体に変わっていき、クラフト紙の上に立ち並びはじめました。
「でも、これだけじゃまだ町にはならないよね。町には道もあるし、線路もあるし、川だって流れてる」
先生はそういうと、それぞれの立体物のあいだに道を描いてみせました。
もうこれだけ説明すれば、いまの年中クラスの子どもたちには十分です。
数人のグループに分けれ、どんどん町づくりをはじめました。
それぞれが独自の発想で、予想もしなかったような立体物をつくり上げていきました。
なにもなかったクラフト紙の上が、みるみるにぎやかな町並みに変わっていきます。
山の頂上にはたくさんのひとが見えます。どの顔もみんな笑っていました。
ある山には手づくりの望遠鏡まで取り付けられていました。遠くのお父さんの会社を見ているのだそうです。
そう、お父さんの会社も山の向こうにはありました。
川には大きな橋がいくつも架かり、ループ状のトンネルも建ちました。
駅も電車も立体物として町の中心には置かれています。
そのどれもが、平面の画用紙から、折る、描く、切る、貼る、の繰り返しで生まれた、まさに子どもたちの「マイ・タウン」です。
ワークショップの仕上げに、グループごとで分かれてつくっていたクラフト紙の上の町をひとつにつなげてみました。それはほんとうに想像をはるかに超えた、世界にたったひとつの夢の町でした。
協力し合うことで生まれるアート作品、さらに段ボールアートへ
年長クラスでは、クラフト紙をグループ別に分けず、それらをひとつにつなぎ合わせて敷きました。
はじめからみんなで協力してひとつの町づくりを目指して欲しいと考えたからです。
それから段ボール箱も素材として使用しても良いことにしました。もちろん、そのままではなく町の一部として手を加えることにして。
年中クラスと同様に、まずは先生が平面の画用紙を使って立体にするということを手本として見せました。
さすがに年中クラスの子どもたちは飲み込みも早く、すぐにでも作業に入りたいと催促です。
先生もそれは十分に承知していますから、細かな注意はその都度与えることにして早速創作活動開始です。
どういうわけか、年長クラスの子どもたちには段ボール箱が人気で、あっという間に積み上げていた段ボール箱が無くなりました。もともとこれが主ではないので、限られた個数しか用意していません。
これには先生も保育士も予期せぬことでしたが、つまらないおとなの事情や方針を押し付けることはせずに子どもたちの自主性に任せることにしました。
その結果、ひとつの段ボールに数人の子どもたち(男子・女子)が協力し合って「水族館」や「お化け屋敷」、「警察署」に「スーパーマーケット」などをつくることになりました。
それぞれのアイデアと技量を合わせて扉をつくり、窓を開け、壁や屋根の色や模様を考え、看板をつくるなど実に大がかりなオブジェを完成させました。
それも、そのすべてのことを子どもたち自身で相談し合って決めたようです。
もちろん、先生が最初に示した平面の画用紙を立体化していく課題に対して、終始知恵をしぼって取り組んでいた子どもたちもたくさんいました。
そこには円すい型の山があり、頂上にはやはりたくさんのひとたちが笑顔で立っています。
そのふもとには大小さまざまな家が立ち並び、そこから続く道の先には公園のような広場があり、そのなかには大きな木も鉄棒もあって、笑顔であそんでいるひとの姿がいっぱいありました。
段ボール箱の制作に悪戦苦闘する子どもたち、あくまでも平面の画用紙を立体化していくことにこだわる子どもたち、そのどちらへも融合する子どもたちとほんとうにさまざまです。
その関わり方は違っていても、誰もが個性的ですばらしい作品を生み出しました。
今回のワークショップでは、他者との関りを学ぶ、つまり仲間で力を合わせてひとつの作品「紙の立体タウン」を仕上げるということもひとつのテーマでしたが、それは見事に成されたと思います。
一人ひとりでつくった作品でも、それらが集まれば予想を超えた巨大なアートに生まれ変わります。
年長クラスの子どもたちも、ワークショップ終わりに床に敷かれたクラフト紙を囲み、それぞれの作品についての感想を述べ合いました。そのように自分たちの作品を語ること、それを聞くことは創作という現場には重要なことです。
年中クラスも年長クラスも、作品としては、実は未完成なのです。
それを子どもたち誰もが自覚しているように思います。
アートには完成などありませんから、見ればみるほど手を加えたくなるものです。
それが子どもたちにもわかってきたということは大きな収穫です。
そこで、園長や保育士のご厚意でしばらくそのままの状態で園内に保管していただき、時間を見て少しずつ町づくりを進めてもらうことにしました。
完成がいつにあるかはわかりませんが、この先の「マイ・タウン」が楽しみです。
少し横道に逸れますが、日本で段ボールアートに着目し、その先駆者となったのは現東京芸術大学学長に就任した日比野克彦さんです。
1980年代はじめに、段ボールアートが注目され、マスコミでも多く取り上げられました。以降、この段ボールアートはれっきとしたひとつの表現方法として認知されています。
なので、今回年長クラスの子どもたちがそのような知識がひとつもないまま、こんなふうに段ボールアートに目覚めていくさまは、実にすばらしいと感じました。
「でんぷんのり」から学ぶこと、そして子どもたちが理屈を超えて体感する世界
今回のワークショップでは、紙を貼り付けるための接着用のりにも先生のこだわりがありました。
いま、のりといってもさまざまな用途に応じてたくさんの種類があります。
最近では液体のりやスティックのりが定番の商品として、誰もが日常で利用しています。子どもたちもそれら定番ののりは使いなれていると思います。
第一に手指を汚すことがないのと、貼りたいところに簡単に塗ることができるという優れものです。
ただ、今回のワークショップではあえて昔ながらの「でんぷんのり」を使いました。
「でんぷんのり」は食物由来のものが主な原料ですから、まず子どもたちには安全です。
しかし、指を直接のりに取り、のりしろ部分にこれまた直接塗りこまなければなりません。そのためにシワができやすく、塗りもむらになるので、根気よく丁寧に、まんべんなく均等に塗るという面倒な作業になります。
それでもその分、自分が貼り合わせたいと思う部分が広範囲であっても、変形した場所であっても、指の使い方次第で自由自在に塗り込むことができます。
手指を汚すことなく、簡単で、しかもピンポイントに使える定番のものは多くの利点を含んでいますが、手間暇かけてじっくりとそのものと向き合うという、いわば思考する時間をあっさり奪ってしまいます。
そこで今回は、子どもたちにあえて手間暇をかけ、じっくりそのものと向き合う時間のなかで、創作することや、のりと紙のことなどを一人ひとりに探って欲しいという思いがありました。
最後に「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生に今回のワークショップについて伺いました。
「毎回感じることですが、子どもたちの発想力にはほんとうに驚かされます。
おとながどれほど考えて、考えぬいてものごとを進めようとしても、子どもたちのイマジネーションと行動力にはかないませんね。
今回のワークショップもまさにそんな感じで、一瞬にして予期せぬ方向に動いていきましたから。でも、もちろんそれは良い意味で、ですよ」
先生はまずそんなふうに切り出し、こう続けました。
「今回、子どもたちに一番学んで欲しかったこと、体験して欲しかったことは、一枚の平面である紙が、折ること、切ること、貼り付けるといった単純な動作を加えることで〈立体〉物に変わるということです。
紙そのままでは立たせることができなくても、ちょっとした手間や工夫を施すことで起き上がってくるということを知るのは、おおげさな言い方かもしれませんが、次への発想力や想像力のステップにつながります。
そのことを子どもたちに、あそびながら体感して欲しいと思っていました。
そのなかで、のりと紙の相性というか、まるでちがう素材が互いに補うことで新しい関係性が生まれるとか、
そんなことも学びとってもらえたら、なんて(笑)。
でも、いまはそんな難しい理屈など子どもたちには不要ですし、見ての通り、子どもたちは理屈より先にどんどん新しい世界へ自らの力で広げていき、短時間のうちに目覚ましく成長していきますからね」
と今回のワークショップを笑顔で振り返っていました。
ドキュメンテーション
「紙の立体タウン」
紙を貼る、立てる、曲げるなどの基本的な方法を使い、自分の世界を広げていく。
見立てて遊ぶことを楽しむ、友達と関わりながら、新しいアイデアを取り入れながら遊ぶ。
written by OSAMU TAKAYANAGI