子どもたちのイメージが自由に泳ぎだす、『あおぞら水族館』へようこそ!
「初秋の候」と書き出す手紙は、暦でいうところの8月下旬から9月上旬です。
でも、まだまだ気温の高い日もあり、なかなか「秋」の気配を感じられそうにありません。
そんな暑さが残るなか、今回は気持ちだけでも涼しい気分を味わえるワークショップとなりました。
あるアンケートで「夏休みに行くなら、動物園ですか?水族館ですか?」という質問をしたところ、なんと8割以上が〈水族館〉と回答したといいます。
これだけ暑いとやはり屋外よりは屋内がいいですし、館内はどこも涼しく、またちょっとうす暗い空間というのも日常から離れたやすらぎを覚えたりします。もちろんガラスの水槽を自由に泳ぐおさかなたちにもいやされる、そんなところが子どもたちにもおとなにも人気なのでしょう。
そこで今回のワークショップは、子どもたちに『あおぞら水族館』をつくってもらうことにしました。
と言っても、アート作品によるイメージのなかでの水族館です。
この水族館は、子どもたちひとりひとりが自由に描いたおさかなをたくさん泳がせます。
そのおさかなを描くためのさまざまな道具(クレヨン、色えんぴつ、絵の具、そしてパレットに筆、綿棒など)を使って、表現の仕方やかたちや色彩のおもしろさを体験します。
さて、どんな『あおぞら水族館』ができあがるのでしょうか!?
いつもの絵の具でも、絵筆から〈綿棒〉まで、表現方法は多彩です
年中クラスの子どもたちが集まる前に、まず先生が色画用紙(白・黒・紫系・青系など)にいろいろなおさかなのかたちを描き、それを1枚1枚切り抜きました。
ですから、おさかなといってもかたちだけです。
よく見るおさかなのかたちもあれば、なかにはタコやクラゲ、エイなど変わったかたちの海の仲間もいっぱいいます。
今回のワークショップは、このおさかなのかたちに切り抜いた画用紙に子どもたちが色彩をほどこして、自分だけのおさかなに仕上げていきます。
準備が整ったところで、年中クラスの子どもたちが元気よく集まりました。
先生は最初にさまざまな種類のおさかなの写真がコピーされた紙を子どもたちに渡して、おさかなの話をはじめました。
でも、どうやら先生より子どもたちのほうがおさかなには詳しそう。
実際に水族館や図鑑などでおさかなを見ているのでしょうね。子どもたちの口から好きなおさかなやタコの名前などが次々に飛び出しました。
そこで先生は子どもたちの目の前に、先に用意したおさかなのかたちに切り抜いた画用紙を並べました。
さすがに子どもたちはよく知っています。
かたちを見ただけで、それがどんなおさかなかを言い当ててしまいました。
先生も図鑑などを参考にして描いたので、そのものに見えてほっとしたようすです(笑)。
「この中から、自分の好きなおさかな(かたち)を選んでね」と先生がいうと、子どもたちはお目当てのおさかなを探して手にしました。
同じ種類のものを複数枚用意しているので、子どもたちはひとり1枚、お気に入りのおさかなを選ぶことができます。
次に先生は切り抜いたおさかなを手元に置いて子どもたちをその周囲に集めると、今回はどんなことをするのかを説明しました。
先生の前に置かれたおさかなを指して、「さあ、これに色をつけていきます」と言い、はじめはクレヨンで色をつけました。それから今度は筆を使って絵の具で塗りました。
いろいろな色がおさかなの表面を埋めていきました。
単色で模様のなかったおさかなが、徐々に鮮やかな色彩に染まり、縦シマのうろこの模様までつきました。
そうなると、なんだか本物のおさかながそこに寝ているようです。
仕上げに、先生はおもしろいものを取り出しました。
それは、どこの家にでもあるごくごく一般的な〈綿棒〉です。
ここまでは子どもたちもいつもの道具なので平然と見ていましたが、〈綿棒〉が出て来た瞬間、誰の顔にも「?」が浮かんでいました。
先生は〈綿棒〉の先を絵の具にちょんちょんと軽くつけると、クレヨンや絵の具が塗られたおさかなの目やうろこ部分にその〈綿棒〉を、やはりちょんちょんと軽く押しつけました。
すると、おさかなの表面にちょんちょんと色の斑点模様ができました。
子どもたちはそれを見てびっくりです。
ここまで説明をしたら、いまの年中クラスの子どもたちには十分です。
自分のおさかなをひらひら泳がせるように手に持って、各自のテーブルに座りました。
もうこれから先はおわかりかと思いますが、子どもたちはすぐさま時間を忘れるほど夢中で色づけをはじめました。
クレヨン、絵の具は慣れたものです。黙っていてもどんどん作業は進んでいきます。
でも、〈綿棒〉はちょっと勝手が違うようで、どの子も筆から持ち替えると、試しながらゆっくりと点をつけていました。
しかしそれもつかの間、みるみる慣れた手つきにかわり、あちらこちらに色とりどりの点々が。
そればかりか、おさかな全体の模様をその点だけで描いている子さえいました。
絵の具の色をつけて1点ずつ押していく作業の繰り返しですから、これだけで大きな面を塗ろうとするなら、それはもうほんとうに辛抱強く、粘り強く続けていくいく以外にありません。
その根気はどこからくるのでしょうか、うらやましい限りです。
こうして仕上がったたくさんのおさかなたちは、部屋に敷いたブルーシートの〝水族館〟に放します。
どれひとつとして同じおさかなはいませんし、どれもが個性豊かで、自由に、楽しそうに泳ぎ回っています。
絵の具が乾いたら、今度は外からも眺められるようにガラス扉に貼りましょう。
ちょっとほかでは見られない『あおぞら水族館』の完成です!
難易度を上げても、蓄積した体験や学んだスキルで十分に対応できます
年長クラスのはじまりは年中クラスの子どもたち同様に、おさかなの写真がコピーされた紙を見せながら、おさかなの話から。
でも年長クラスの子どもたちもおさかなのことをよく知っています。
つい最近、沖縄の水族館に行ったよ、という子どももいました。
ほかにも都内や近郊の水族館に行った子どもたちが多いのには驚きました。
先生も保育士も、これにはタジタジです。
では、ここからが実践。
年長クラスの子どもたちは、まず先生が先に切り抜いたおさかなのかたちを選びます。
ここまでは同じですが、それを通常の画用紙の上に置き、そのおさかなのかたちを線でなぞります。
それができたら、その画用紙になぞったおさかなを自分で切り抜きます。
先生は考えたすえに、年長クラスの子どもたちなら、もうそれくらいのスキルはあるはず、と。
また好きなおさかなのかたちを自分でつくるほうが楽しいんじゃないかな、って話していました。
先生の狙いは的中です。
一年以上ワークショップで鍛えてきたからでしょうか、先生の思惑通り、だれもが簡単におさかなのかたちに切り抜きました。ハサミの使い方も、おとうさん、おかあさんより上手かも。
さらに先生が言うように、自分の好きなおさかなのかたちを画用紙に描いて、それを切り抜く子もいました。
例えば、細長いおさかなをつくりたいといって、画用紙を細長く切り、それをセロテープでつなげた子も。
先生から課題を聞くだけでオリジナルのものづくりに挑戦する子どもたちが出てくるのですから、少しずつ時間をかけて蓄積した経験や学んだことが、こうして次に活きてくるってすごいことだなぁ、とつくづく感じました。
それから先生は、年長クラスの子どもたちには使用する画材もふやしました。
あらたに加えたのは特色ある色えんぴつです。
ひとつは初心者でも扱いやすい一般的な芯が硬質の色えんぴつ。
それから、軟質な芯でタッチもやわらかく、描いたあとを水のついた筆でなぞれば、その色えんぴつの部分が水に溶けて水彩画のような表現に変化するというものです。
その際に、えんぴつのように立てて握らず、横に寝かせるように使うことも教えました。
目の前で描かれていくそんな色えんぴつの効果を、子どもたちは食い入るように見入っていました。
子どもたちはそれぞれのテーブルの上に、自分で切り抜いたおさかなを置き、最初はクレヨンで全体的な下地を塗ります。
あとは先生に教えてもらった色えんぴつを使う子、絵の具に筆を使う子、綿棒を上手に使いこなす子、仕上げまでの道具も技法もさまざま、自分の思うように描いていきます。
それについてあらためて指導をすることはありません。
基本的な使い方は、もう誰の手にも十分刷り込まれています。
おさかなに描かれた模様も、色彩もほんとうにひとつひとつが違っていて、とっても個性的です。
だから、年中さんたちのおさかなと同じく、かたちは同じようでも、どれひとつとして同じおさかなはここにも存在しません。
仕上がったおさかなたちは、やはり大きなブルーシートの〝水族館〟に泳がせました。
それを囲んで、みんなで『あおぞら水族館』の鑑賞会です。
まだまだ描き足りない子どももいます。
そんな子どもたちに保育士は、「もっと描きたいひとは、午後にまた絵の具を使うから、そのときに描いてもいいよ」と声をかけました。
子どもたちは、やったー!と嬉しいそう。どの子もほんとうに好きなんですね、創作することが。
こんな言葉を急に思い出しました。
「好きこそものの上手なれ」
・・・シンプルでありふれたフレーズですが、的を得たことばのように思えます。
さまざまな道具を使うこと、「点描」という技法、そして考えて描くということ
今回のワークショップは、年中クラスと年長クラスでは若干内容の難易度が違いました。
それは経験や年齢に応じてのものなので、特に他意はありません。
アートもある意味〈学び〉ですから、一気に詰め込むのではなく、少しずつ、楽しく知識や経験を重ね、感性を磨いていくことが大事です。
さて、今回はひとつの作品づくりに、さまざまな道具を上手に使いこなすことを覚えました。
特におもしろい道具だったのが、絵の具を塗るときに筆ではなく〈綿棒〉を使ったことです。
これはどの子も気にいったようで、必ず数回は使用していました。
筆のように一度にひろい範囲を塗ることはできませんが、このおもしろいところは、小さな点をいくつもいくつも描くことができるということです。
そして、これは「点描」という絵画の表現技法で、実際には〈綿棒〉ではなく筆を用います。
少し専門的な話をすれば、19世紀に活躍したフランスの新印象派主義と呼ばれた画家ジョルズ・スーラが発案した絵の具の新しい技法です。これは後にゴッホやマチスといった巨匠にも影響を与えました。
スーラの作品は有名なものが多いので、ひょっとしたら一度くらいは彼の作品をご覧になっているかもしれません。しかし、見事な点描作品を描いていた子どももいましたので、感心して見入ってしまいました。
今回も締めに「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生に今回のワークショップについて語っていただきました。
「今回のワークショップは、ある子どもが放った一言に尽きるかな」と開口一番にそういうと、こう続けました。
「自分のさかなを前にして、なかなか筆が進まない子がいたので、どうしたの?って聞いたら、〈先生、わたし、いろいろかんがえながら描いてるんです!〉って言われてしまって。
それ聞いて、そうだよね、なんでもかんでも描けばいいってものじゃないよね、って思わず言ったんです。
そう、そういうことなんですよね。
この子たちはこのワークショップに参加して、絵を描くことってどういうこと、アートってどんなもの、ってことをずっと体験しているのだから、感覚で描くことも必要だけど、やっぱり考えて描くって大切なことです。そういう意味では、今回の作品はどれもほんとうに素晴らしいものになったんじゃないかな。
さかなのかたちを自分で選び、色づけする道具やその手法を自分で選び、それがそれぞれの個性になって、表現されたと思います」
松澤先生は、そんな子どもたちの作品を1点1点自らガラス扉に貼りながら、なんだかとても嬉しそうでした。
ドキュメンテーション
「生き物のデザイン おさかな」
前回は絵の具をダイナミックに使い、混ぜる、感触として体感した絵の具ですが、今回は少し、慎重に使います。
生き物の色やデザインに注目して描くことをしてみます。初めての試みです。
多くの生き物は自然の中で実に豊かな形状と色を持っています。
形や色の概念を取り払い、注意深く観察しながら、描くことを体験します。
またパレットの使い方も経験します。
written by OSAMU TAKAYANAGI