奇想で、あやしく、魅力的?そんな画家「アルチンボルド」に挑戦!
いきなり「アルチンボルド」と言われて、すぐにそれが画家の名前とわかるひとはどれほどいるでしょうか。
ましてや、その代表的な作品を問われても・・・。
とはいえ、意外にその代表的な作品を一度はどこかで目にしているかもしれません。
「アルチンボルド」とは、16世紀(1500年代)に名を馳せたイタリア出身の画家です。
正式には、「ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo/1526―1593年)」。
神聖ローマ帝国の宮廷画家として仕え、多くの肖像画をはじめ宮廷の装飾や衣装のデザインも手がけました。
とくに彼が描いた肖像画は、花や野菜、果物、動物などを組み合わせ、それを人物の顔に模して描く〈寄せ絵〉という技法により制作されました。
〈寄せ絵〉とは、ある物を集めて一つの形とした絵のことで、近くで見ると多くの物を寄せ集めて見えますが、少し離れて見ると別の物を構成した絵に見えるというものです。
この奇抜な発想により生み出された作品は、れっきとした人物画でありながら、その構成要素として描かれた無数の植物や果物といったものがあまりにもリアルなことから静物画としても評価することができるという、なんともあやしい魅力につつまれたアートです。
そんな彼の作品は、その後、世界的に有名な画家たちに多大な影響を与えました。
今回、2022(令和4)年最後のにじいろワークショップは、そんな「アルチンボルド」と彼の作品へのオマージュ(敬意を表して)ということで、彼の作品を手本に実際の野菜や果物を素材にした肖像画の制作を行いました。そこで掲げたスローガンは“「アルチンボルド」に挑戦!”です。
はたして子どもたちは、彼の作品領域に到達するほどの肖像画を生み出せたのでしょうか。
素材は、毎日の昼食で使われる豊富な種類の食材を活かして
今回のワークショップは、まずその素材集めからはじまりました。
実際の野菜や果物を素材にするということで、毎日子どもたちが食べる昼食用の食材を活用することにしました。
もちろん、食材そのままではなく調理前に切り落とされる食用部分以外の皮や葉などです。
当園の栄養士と調理員がそのためにおよそ10日前から、使用可能なものを厳選し、丁寧に種類ごとに分けてストックしてくれました。
それら数十種類におよぶ素材が、いくつものカゴに詰められて、ホールの机上にずらっと一列に並んだ光景は圧巻です。
子どもたちは見ただけで驚きの声を上げていましたが、私たちおとなもその光景には感嘆するほどでした。
通常は処分される部位ですが、その鮮やかな切り口や自然のもつ色合いの美しさはまさに一見の価値あり、です。
食することのできない部位とはいえ、こうして用意された食材、しかも子どもたち自身がお昼に食べている実際の食材を直接見たり、触れたりする機会はなかなかないので、今回は特別にワークショップに導入する前に当園の関塚郁美栄養士から子どもたちに食物のお話をしていただきました。
早速、関塚栄養士はカゴのなかの部位をひとつつまみ上げ、
「これはなんの皮かわかるかな?」と質問しました。
子どもたちは即座に答えます。
「りんご!」
「そうだね、じゃ、これは?」
「にんじん!」
と子どもたちも家で見慣れているのでしょうか、意外に正解していきます。
でも、なかにはまったく原型がわからない食材もあり、子どもたちはその答えを聞いてびっくりすることも。
そうしたやり取りのなかで、これら全部が子どもたちのお昼に使われている食材だということを知ってさらに驚いていました。
自分たちの昼食には、これほどまでの豊富な種類の食材が使われていること。
それを毎日毎日給食室で栄養バランスや個々の体質などを考慮し、子どもたちひとりひとりに喜んでもらえるよう工夫を凝らして調理していること。
そうしたことをじかに知ることは、とても大切なことです。
年中クラス、年長クラス共に子どもたちは関塚栄養士の食物に関するお話に熱心に耳を傾けていました。
栄養士のお話が終わると、いよいよワークショップの実践開始です。
髪はリンゴの皮、鼻は長ネギ、目はたまねぎの輪切り・・・って、どんな顔!?
関塚栄養士のお話を受けて、先生もカゴのなかの素材をつまみ上げ、それを手のなかでまるめたり、伸ばしたり、ぶらぶらさせるなどしていつものように子どもたちを笑わせながらワークショップへ誘っていきました。
そして年中クラス、年長クラス共に子どもたちの気持ちが自然にワークショップモードに移ったタイミングを見計らい、全員に「アルチンボルド」の有名な肖像画(絵画)が印刷された見本の用紙を配りました。
最初は子どもたちも何気なくその肖像画を眺めていましたが、先生が
「よ~く見てごらん、なにか変でしょ、変じゃない?」と聞きました。
すると、数人の子どもたちがそれに気づいたようで
「なんだこれ、顔に野菜の絵が描いてある!」と騒ぎだしました。
どうやら、みんながそれに気づいたようです。
「そうだね、この絵の顔は野菜や果物でできてるよね」
先生はそう応えると、今度は一冊の画集を手に取りました。
それは今回のテーマに掲げた「アルチンボルド」の画集です。
そして、画集にある「アルチンボルド」自身の肖像画を見せながら、簡単に彼のことについて話しました。
子どもたちは彼の足跡などおかまいなしに、そこに描かれた彼自身の古めかしい人物の絵を見て、
「なんだ、このおじさん!」と一笑に付しました。
先生は次に、手元に配った有名な肖像画とは違う、もっと別な物を寄せ集めて構成された作品(肖像画)を見せました。
すると、おとなではちょっと眉をひそめてしまいそうな物の〈寄せ絵〉でしたが、なんとそれを見た子どもたちは大声で笑い出しました。
「なんだこりゃ、へんなの~あはははは」
子どもの持つ笑いの尺度は、まったくおとなには理解できないということを痛感します。
先生はひと通り今回のテーマについて説明し終えると、用意しておいた大きな色画用紙を1枚、子どもたちの前に敷き、机上に並んだ素材の入ったカゴの中を物色して、いくつかの野菜の切れ端を手に取り、それを色画用紙の上に置きました。
先生はそれをベースにして、次々と素材になる野菜や果物の切り捨てられた部位をカゴから取り出し、どんどん色画用紙の上に置いていきました。
リンゴの皮はもじゃもじゃ頭の髪の毛に、たまねぎの輪切れがまんまるの目に、長ねぎの切れはしは束ねて大きな鼻に・・・とみるみるうちにひとの顔に見えてきました。
子どもたちはそれをのぞき見ながら、「すごい!顔になったぞ」と大喜びです。
先生がお手本を示すやいなや、これもいつものことながら子どもたちはすぐさま自分もつくりたくてうずうずしはじめました。
「ひとり1枚、色画用紙を選んで、準備が整ったらはじめていいよ」の号令と共に、一斉に子どもたちは創作をはじめました。
はじめは素材選びです。
お目当ての素材が入っているカゴを探し、どんな色やかたちにするかで迷います。
その子どもたちのまなざしは、食品売り場で買い物に迷うお母さんのように真剣そのもの(笑)。
同じ野菜から切り落とされた部位であっても、一つとして同じ色やかたちのものはありません。
だから、それを選びだすのは個人個人の思いや趣味、感性といったもの以外にはないのです。
そしてその素材を画用紙に置く位置も、つくり上げるかたちも、盛りつける量もすべてが個人の表現であって、ほかの誰のものでもないのです。
今回のワークショップは、年中クラスと年長クラスの差があまりないように思えました。
なぜなら、すべてのことが個人に委ねられた行為そのものだからです。
そこには作品の出来栄えについての優劣はおろか、正解、不正解もないですし、遅い早いも、大小の扱いも色合いも関係ありません。
また今回ほど全員が時間を過ぎるまで手を動かし、頭を悩ませて作品づくりに没頭したワークショップはなかったかもしれません。
素材の交換は何度でも行えますし、それを定めた位置に置いても、眺めるたびに位置を変え、重ねたり盛りつけたり、取り除いたり・・・その繰り返しの連続で、誰ひとり「完成しました!」の声が聞けませんでした。
なかには1枚の画用紙では足りずに、もう1枚足して胴体部分を作成する子どももいました。
それでも、それについての良し悪しはありませんし、もちろん完成と言い切れる状態には至りませんでした。
こうしてみると、終わりのないワークショップというのも、子どもたちの体験としては有意義なことだったのではないかと思います。
箱庭療法的な要素もあり、ある意味癒しの効果が含まれている
ワークショップが終わり、子どもたちの居ないホールには個性あふれるユニークな肖像画が残されました。
今回ばかりはそのまま保存するわけにもいかず、かといってそれをすぐさま解体して処分することもできず、しばし先生も保育士もそれらを黙って眺めるばかり。
しかし、そのどれもがとびっきりの笑顔ばかりの肖像画であることに気づくと、そのひとつひとつの作品が大声で笑いあっているように見えてきました。
すると、静かなはずのホールがとてもにぎやかな空間に感じられ、不思議と温かな気持ちになりました。
はじめに掲げた〝「アルチンボルド」への挑戦!〟というスローガンは、年中クラス、年長クラス共に、この瞬間、みごとに達成されたように思えました。
はるか彼方で「アルチンボルド」も、子どもたちの積極果敢な挑戦に拍手を送っていることでしょう。
では、終わりに「にじいろワークショップ」を企画・指導する松澤先生からのコメントを紹介します。
「今回の素材となった野菜や果物といった、自然物のなかいにある美しい色合いとかたちの面白さに気づくこと、
それから素材から直接受ける感触を得ること、これが大きな目的です。
また幼児期に大切な食育という観点から、栄養士の関塚先生とのコラボができたことも良かったです。
いつもあたりまえのように食べているけれど、これほどたくさんの食材が使われているということは知らなか
ったでしょうし、同時に食べ物の尊さやありがたさも知ることができたと思います。
それに、今回の素材を集めてくれた給食室の調理員みなさんの手によって、こうした食材を切ったり、煮たり、焼いたりといろいろ工夫してつくってくれているのだとわかることは大事です。
だって、食べることは生きていく上で最も必要なことでしょ」と先生は笑った。
さらに今回の創作活動について、
「こういう創作って、ガーデニングに近い行為ですね、ガーデニングは癒しの効果があるといいますから。
なので、もっといえば〈箱庭療法*〉にも似ていると思うんです。
箱(画用紙)の中に、さまざまな道具(食材)を自分で選び、それを自分で置く、つまり配置をきめていく、こうした行為などみれば、まさにそのものですよね。
平面に描くのとは違って、物体を置くのだから置く物や配置によってひとつと同じものができないでしょ。
それが個性だし、感性だし、考え方や時々の気持ちを表現することになる。
つまり、あらゆる面からみて、セラピー的な癒しを含んでいます。
とくに言語でうまく自分を表現できない幼児たちには、とても有効な創作活動だと思います」
先生はこう述べて、今年最後のワークショップを締めました。
今年一年、本当にありがとうございました。
来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
箱庭療法
心理療法の一種で、砂の入った箱の中に玩具や物を自由に置いていくことで、言葉を必要とせずにその者の気持ちを解放し、こころのなかに眠るものを表現させることで心的治療を施すこと。
ドキュメンテーション
アルチンボルドへのオマージュ
一作年に行ったアルチンボルドへのオマージュを再び行います。
私たちは食している食材をよく見てみると、面白い形や、美しい色、植物自身が身を護るための工夫がされています。実際の野菜などと、アルチンボルドの絵を眺めながら、自然物のなかにある美しさに出会い、その気づきから楽しい表現に仕上げていきます。
written by OSAMU TAKAYANAGI