冬至の野菜をモチーフに、視て、触れて、食するアートワーク
12月に入り、2021(令和3)年もあとわずかです。
日没が早まり、一日の終わりを告げる時間帯も早くなりました。
お迎えの時間にもなると、もうあたりは真っ暗です。
こうした日常のありふれたことで、冬の到来と一年の終わりを実感する方は多いでしょう。
そんな時節を象徴することのひとつに「冬至」があります。
存知の通り、「冬至」とは1年でもっとも太陽の出ている時間が短くて、夜が長い日です。
天文学的には、毎年12月22日ごろに観られる現象ですが、今年は22日(水曜日)がそれに当たります。
そこで、今回のワークショップは、この「冬至」をテーマにしたアートワークです。
もちろん、いつものように難しいことを学ぶのではなく、子どもたちには、「冬至」ということをこころとからだで感じとってもらいました。
また今回は、子どもたちの毎日を〈食〉の面からサポートしている当園の栄養士をはじめ、調理を担当している先生方の協力を得て、古くから伝えられてきた「冬至」に食する野菜をモチーフにしました。
視て、触れて、描いて、最後は給食で食する。そんな、まるごと体感型のワークショップです。
かぼちゃに大根…まじまじ見たことありますか?
フロアに集合した子どもたちに、先生が最初に発したのは、
「今日はスペシャルゲストたちが来てくれましたよ!」という唐突な言葉でした。
そんな言い回しにきょとんとする子どもたち。
その直後、みんなの視線がとらえたのは、なんと新聞紙の上に並べられたいくつもの野菜でした。
「紹介しま~す、採れたてのカボチャ、さわやかな香りのゆず、太くておおきな大根です」
と、先生はいたってまじめに、でも楽しそうに紹介しました。
子どもたちは呆気にとられた風でしたが、徐々に笑い声に変わりました。
日頃から目にする野菜ばかりなので、「これ、な~に?」と言う子はいません。でも、目の前であらためてまじまじと見せられたのは初めてのようです。
さて、今回のワークショップはこれら野菜をモチーフします。
なので、いつもの進行とは違い、先生より先に当園の栄養士のおはなしからはじまりました。
室内に用意された1脚の長テーブル。
その上には、調理用のまな板と包丁、それからかぼちゃとゆず。
子どもたちはそのテーブルの手前には座り、テーブルの向かいには栄養士が座りました。
これから何がはじまるのか、子どもたちは静かにまっすぐな視線を栄養士に向けています。
栄養士は、いつもと勝手が違うのでちょっと緊張気味。
でも、かぼちゃやゆずを手に取り〈食〉の話をはじめると、緊張した姿はどこへやら、饒舌な話し方に変わりました。
近づく「冬至」のおはなし、本来の収穫からすれば夏野菜であるはずのかぼちゃを、どうしてこの時期に食べるのか、ゆずの効能から食べ方など、ほかにも大根についてなど興味深い話が次々に飛び出します。
そしておはなしの最後にかぼちゃとゆずに包丁を入れ、それぞれをふたつに切り分けました。
切り分けられたふたつの野菜の断面なんて、そうそう眺めることはないでしょうから。
「まんなかに小さなタネがみえるでしょ」とかぼちゃの断面を子どもたちに向ける栄養士。
「ほんとだ!」と真剣に見つめる子どもたち。
「中身に栄養がいっぱい詰まってるんだよ」と言いながら、さらに説明を加えていきます。
「すげえ~きれい」と、野菜の断面の美しさに見とれる子もいます。
こうした新鮮できれいな野菜が毎日の給食に使われている、そんな当たり前のことだけれど、あらためて実感した子どもたちは、誰もが〈食〉に関心を示したようでした。
栄養士の話が一通り終わると、いよいよ本日のワークショップのスタートです。
墨絵の世界を体感し、色彩を加えてより個性的な作品に
栄養士からバトンを受けて、再び先生の登場です。
まずは、おなじみの前説から・・・。
野菜のおはなしを引き継いでおおきな大根を1本手に取ると、なんと民話の世界へと子どもたちを誘います。
ロシアの民話で有名な『おおきなかぶ』ならぬ、『おおきな“大根”』に話を転じて、「うんとこしょ、どっこいしょ、まだぬけない、〇〇くん、〇〇ちゃんも手伝って!」と子どもたち全員を巻き込み、ちょっとしたお芝居のごとく大騒ぎ。
これで子どもたちの気持ちが、一気にいつものワークショップに切り替わりました。
いつもながらですが、これって落語でいうところの〈まくら〉に似ていませんか?
〈まくら〉とは、おはなしの最初に、お客の気持ちを一気に落語の世界に引き込むために語る、ちょっとした前説のようなもの。
でも、こういうことってアートワークにも必要なことです。日常から、スーッとアートの世界に入りこむための入り口づくりとして・・・。
先生の前説が終わり、子どもたちの気持ちがひとつの方向に向くと、先生はその大根を床に置き、その周りに子どもたちを集めました。
先生は、その大根の形に添うように1枚の長方形の和紙(障子紙)を置き、これからはじめることを話しました。
「この大根をこの紙に描いていきます。ただし、今日はこの道具を使って描きます」と、先生は筆と墨汁を差し出しました。
それから墨について、簡単に説明しました。
「(なたね)油や松の根を燃やしてできたもの(油煙)をにかわで練って・・・」と。
これはいま学ばなくてもいいことです。でも、きちんと説明し、一度は耳に覚えさせておくことも大事です。
そんな風に話しながら、墨の入った容器をひとりひとりに回して、墨のもつ独特な匂いをかいでもらいました。
「ゲッ、臭~っ!」と言う子、なんとも形容しがたいという子、意外にイイ香りかも、という顔をする子、さまざまな感想がでます。感想は個人個人違っていい。直接体感することこそが大切です。
先生はゆっくり筆を墨に浸すと、大根をじっくり見て、解説を交えながら葉の部分、身の部分と順々に、ときに大胆に、ときに繊細に筆を進めていきます。
子どもたちは先生の筆の動きに合わせるように、うわぁ~とか、へぇ~とか言葉をもらします。それでも大根を描くその筆先の動きから、誰ひとりとして目をそらすことはありません。
先生が描き上げた大根の絵を掲げて見せると、どこからともなく拍手や「先生、うまい!」なんて言う声が。
先生が見本を描いている間に、保育士たちはモチーフにする野菜(大根、かぼちゃ、ゆず)を中央に置き、それを取り囲むように和紙と墨を入れた皿、それに筆を用意します。これを人数分3グループに分けて準備しました。
子どもたちがそれぞれの位置につくと、当然のことながらそのモチーフとなる野菜の見え方に違いがでます。例えば大根が真横に見える子、葉の部分が手前に見える子、それが奥に見える子、かぼちゃが手前で大根が奥に見える子、またその逆も。
だからといって、子どもたちの筆は動きをとめません。むしろどんどん筆を走らせます。
これって、意外に慣れていない子どもには難しいことです。一年、二年とワークショップに参加してきた子どもたちならではの成果の表れでしょうか。
和紙一面にひとつの野菜を大きく描く子、それぞれの野菜を均等にバランスよく描く子、なかにはその描く線が和紙からはみ出る子。
特に、墨と筆の特性が如実に表れるので、水気が少ないとカサカサな線になり、水気が多いとにじむ線になります。
しかし、偶然にせよ必然にせよ、そこに表れた線はどれもが正解です。
アートの世界には、間違いなどありません。答えは無数にあり、すべてが正解です。
したがって、どの子の描く絵も、個性豊かですばらしい作品です。
実は、これで完成ではありません。
さらに、この墨で描いた絵に色彩を施します。つまり、色を塗っていくのです。
墨絵の世界も美しいですが、今回はモチーフの持つ色味により近づけるように描きます。
先生が先ほどと同様に子どもたちを集めて見本を示し、その間に墨が乾くのを待って、子どもたちは自分の墨一色の絵に鮮やかな色を重ねて、最終の仕上げに入ります。
大根の身はよく見ると白色ばかりではありません、葉に近い部分はやや緑色をしていますし、表面もつるつるではなく、茶褐色の点々も、傷も、へこみさえあってでこぼこしています。だから、その部分は黒っぽく見えるかもしれません。
かぼちゃもゆずも、表面はけっして一色ではなく、さまざまな色が混ざっています。ふたつに切った断面も、中身が何層にも重なっていて、タネもあるし、色だって同系色でも明るさや暗さがあります。
子どもたちはモチーフをじっくり見つめ、たくさんの色を加えて完成に至りました。
食べることも、食を知ることも、すべてがアートへの活力
今年最後のワークショップは「冬至」をテーマに、墨で描くという描画の技法を覚えました。そしてさらに、モチーフとなるもの(今回は野菜ですが)をじっくり視るということを体感しました。
そのことによって、観察する力が自然と備わり、それを繰り返すことでその力は高まります。
子どもたちは無意識ながら、今回その観察する力を養ったはずです。
また、〈食〉についても貴重なおはなしを聞き、野菜についても知ることができました。
家庭ではもちろんこと、園の給食でも食すること、それに関連する食材のことなどは、ともすれば話題になりにくい事柄ですが、健康でいきいきとした毎日を過ごすにあたっては、おろそかにできないことです。
食べることが生きる活力であれば、それに関わることを知りつくすこともりっぱなアートワークの一環です。
特に子どもたちには、そのことを日々のなかで身につけてほしいと考えています。
今年もコロナウィルスの影響で、さまざまな物事が厳しい状況下にありました。
それでも、子どもたちの元気な笑顔とやる気満々の姿勢に、先生や保育士らスタッフ一同励まされてきたように思います。
来年もまた、アートを通じて明るい未来を築けますように!
ドキュメンテーション
今回は、調理の先生方とのコラボレーション企画です。
これまで様々な経験をしてきたワークですが、今回は「食」に着目し、特にこの時期に古くから伝え食されている、冬至の野菜に着目します。
調理の観点から「食」素材についての話を聴き、アートの観点では、その姿、形、色、艶、香り、感触などをよく観て、感じ、描くことを目指します。
観察して「描く」ことは、自身の中の平穏や辛抱強さなども必要となるものです。
その姿に面白さを見い出し、また描くという行為を静かに真剣に遂行するそんな姿を経験して欲しいと思います。
written by OSAMU TAKAYANAGI