自然素材と石との絶妙なコラボ !?
11月も半ばを過ぎると、当園から望む山の木々も色あざやかな衣装へと衣替えです。
そんな季節のなか、年中・年長クラスの子どもたちが多摩川沿いの河原までお散歩をしました。
お散歩の目的?それはもちろん、穏やかな日差しを浴びながら、おいしい空気を頂きに!
・・・ですが、実はもうひとつ。
お散歩を兼ねて、今回のワークショップの材料を取りに、いや、正確には“拾い”に行きました。
子どもたちが拾うのは、河原にある石ころです。
足もとにゴロゴロ、ゴツゴツと敷き詰められた、あのごく普通の石ころ一つです。
ただし、その石ころは、子どもたちひとりひとりが自分の意思で、自分が最も気に入ったものを選びます。
決まりごとは、手のひらに乗るくらいの大きさであること。それ以外は、色も形もすべて自由です。
この時点では、その石ころをどのように使うかは伝えていませんので、子どもたちは純粋に自分の好みに合った、自分だけの石ころ探しに夢中でした。
石ころだらけのいつもの河原ですが、どうやら子どもたちの目には、この時ばかりは宝の山のように映って見えていたに違いありません。
持ち帰った石を改めて見ると、子どもたちそれぞれの個性や嗜好がはっきり表れていることに感心します。
そして今回は、石ころに加え、さらに重要な材料を用意しました。
それは、温もりのある柔らかな繊維として、これからの季節の装いには欠かせない素材でもある羊毛です。
今回のワークショップは、この羊毛という自然素材の特性を生かし、子どもたちが拾ってきた石ころとの絶妙なコラボによって、世界に二つとない、自分だけのオリジナル〈ペーパーウエイト〉をつくります。
羊毛のお話しと、羽根のような素材におおはしゃぎ!
子どもたちは河原で拾った自分の石ころを一つ、小さなビニール袋の中に大事に入れて集合しました。
お行儀よく座る子どもたちの前には、虹のように色とりどりに染められた毛糸の束が並んでいます。
先生はまず、そのなかの一番太い白色の束を取り出し、それを1本の綱のように長く伸ばして、ぶらぶらと揺らしました。
それを見て子どもたちは「サルの尻尾だ」とか「ゾウの鼻みたい」といって大笑い。
すると今度は、それを枕ほどの塊に丸めて胸に抱きかかえました。
これにはみんなが「あかちゃんのだっこだ」と声をそろえて答えました。
ただの白い毛糸の束なのに、子どもたちにはさまざまなものに見えるようです。
「では、ここで問題!」と先生はその毛糸の塊を掲げて、
「これは動物の毛だけど、なんの動物だがわかるかな?」と聞きました。
ウマだとおもうひと?ゾウだとおもうひと?サルだとおもうひと?
次々に出す動物の名前に、子どもたちはバラバラに手を上げて答えます。
正解は・・・と、先生は一冊の絵本を取り出しました。
それは園の書棚にある『ペレのあたらしいふく』(エルサ・ベスコフ作/おのでらゆりこ絵/福音館)です。
物語は、子羊の世話をする男の子ペレが、羊や近所の人たちの協力で青い服を手に入れるまでのお話です。
子どもたちはそれを見て、すぐに「ひつじ!」とわかりました。
でも、誰もが羊の毛と聞いてびっくりしています。
絵本にも描かれているように、羊の毛は白くてゴアゴアしているのに、目の前の羊の毛は糸のように長くて、柔らかそうで、色だって白ばかりか、赤、黄、青、オレンジ、茶・・・それに黒だって。
先生は、そこで子どもたちに易しく、おかしく、こんな説明をしました。
「羊さんは外で飼われているから、刈ったばかりの毛は泥だらけで汚いし、オシッコやウンチの匂いだってするかもね。だからよーく洗ってきれいにして、1本1本の毛を柔らかく伸ばして。色だっていろんな色がある方がいいでしょ?だから染色という色をつける作業もして。それでこんなふうになるんだよ」
子どもたちは笑いながらも、先生の話に興味深く耳を傾けていました。
次に先生は羊毛の束をひとつ持って、両手で左右に強く引っ張って切り離そうとしました。でも、その束はまったく切れません。今度は優しく、そうっと左右に引っ張ると、スーッとふたつに切れて分かれました。
「羊の毛は、こうやって優しくしないと、ちぎれないんだよ」と先生はその特性を教えました。
また別の束から、手のなかに収まるくらいの小さな塊を切り取ると、それを指で紙のようにうす~く、うす~くたいらに広げ、頭より高い位置から静かに落としました。
すると、それはまるで鳥の羽根のようにふわふわと、空中に漂うようにゆっくり落ちていきました。
子どもたちはそれを不思議そうに眺めていましたが、いつものことながら、もう見ているだけじゃおさまりません。
先生は即座に「じゃ、みんなでやってみよう!」と、羊毛を小さな塊に切り分けて子どもたちに渡しました。
子どもたちは先生にならって、その小さな羊毛をうすく広げ、思い思いに空中に投げ出しました。
どんなに強く投げても、落ちるときはゆっくり落ちます。なかには、それを口もとにおき、ふーっと息を吹きかけて飛ばしてみせる子どもたちもいました。
しばらくは、自分の放ったそれを追って、部屋中を飛んだり跳ねたりおおはしゃぎです。
こうして子どもたちは、羊毛という素材がどんなものかを体感しました。
でも、ちょっと待ってください、これで終了ではありませんよ、ここからが本番の「羊毛と石のペーパーウエイト」づくりですからね。
世界にたった一つだけ、その価値はなにものにも代えがたい
最初に子どもたちは、羊毛を小さな塊に切り分けて、色別に入れた箱から自分で使いたい材料を選びます。
それを長さ10~15㎝ほどのひも状にうすく伸ばし、石ころにぐるりと一回り巻き付けます。石ころにぴったりと貼り付くように、きつく巻き付けます。
それができたら、また別の好きな色を選び、同じようにひも状にうすく伸ばし、それをまたまた石ころに巻き付けます。いく度もそれを繰り返し、縦にひと巻き、横にひと巻き、斜めにひと巻きと、石ころにぐるぐると巻いていきます。石ころの表面が見えなくなるまで巻き続けます。
そこまでできたら、そのままビニール袋に入れ、中性洗剤を直接そのものに数滴たらします。
石ころを包んだ羊毛に中性洗剤が染み込んだら、ビニール袋の上から両手でそれを包み込むようにして、ゴシゴシ、ギュッギュと力いっぱいこすり続けます。
じわじわとビニール袋の内側に泡が出はじめたたら、そっと袋のなかに手を入れ、石ころの表面に巻き付けた羊毛がはがれていないかを確認します。
しっかり巻き付いているのがわかったら袋から取り出し、乾いたタオルで水気を拭きます。
そのまま乾かしておいて、表面から水分がなくなれば完成です。
最後まで黙々と仕上げる子、途中でちょっと飽きてしまう子、材料選びに長い時間迷う子、石に巻くのが終わってしまい、羊毛だけをうすく伸ばしてクルクルと器用に丸めてボールを作る子。
向き合う姿勢はさまざまですが、どの子も最後までしっかり仕上げました。
完成した作品を手に取ればわかりますが、中身は硬い石なのに、表面に羊毛を巻いたことで、とても柔らかで温かな手触りになります。見た目にも、冷たい塊というよりは、人肌のような温もりと自然界の美しさを感じます。
これは、共に自然から生まれた素材であることも要因ではないかと思います。
さらにこの作品について言うなら、石ころの形や色や大きさが違うように、選ぶ羊毛の色も巻き方も二つと同じもが存在しないのですから、これこそまさに世界にたった一つだけの〈ペーパーウエイト〉です。従って、その価値はほかのなにものにも代えがたいといえます。
これは蛇足ですが、小さな〈アート〉作品として生活空間に置けば、装飾品のひとつとして十分に楽しむこともできますので、完成した作品を眺めながら、「どんな風に使おうか?」などと、親子であれこれ想像して会話を交わすだけでも素敵な時間を過ごせるはずです。
太古の昔、ひとは自分の思いを「石」に託した
いまはアスファルトの道路が主流となり、石ころばかりが転がっている、いわゆる砂利道のような道路を見かけなくなりました。
少し時代を遡れば、どこにでもごく普通に石ころがありました。だから子どもたちのあいだでも、石蹴りなど石を使う遊びが多くありました。そんな遊びをする子どもも見なくなりました。
今回のように河原で石ころに触れるという行為は、自然のなかの木や草花と触れることと同じです。
実際に手で触れた石の感触や目で見たさまざまな石の色や形は、きっと子どもたちの心に深く残っていくでしょう。想像力がたくましく、純粋で感受性が豊かだった幼い日の記憶とともに。
最後に、「石」にまつわるおはなしをご紹介します。
それは、「石文(いしぶみ)」というものです。
まだ文字というものがなかった太古の昔、ひとはその時々の気持ちを石に託して相手に送ったといわれています。つまり、その石の持つ手触りや形で自分の思いや状況を伝えた、石の手紙(文)です。
これは、ドラマの脚本や小説などを書いた作家の向田邦子(1929~1981年)さんのエッセイに書かれていますので、ご存知の方も多いかと思います。
ここにその一部を抜粋し、今回のワークショップを閉じることにします。
「昔、ひとがまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持を伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。男は、自分の気持ちにピッタリの石を探して旅人にことづける。受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持がすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した」―向田邦子著『男どき女どき』収録「無口な手紙」より。
ドキュメンテーション
気温が下がり、モコモコの洋服やパジャマなどを出す季節になりました。
昨今ではペットポトルをリサイクルした洋服が身近に感じられるようにもなっていますが、
人は太古から、自然界の恩恵を受けて生きてきました。
肌や体を守る繊維は、植物や動物の毛や革で作られていたものです。
今回は、思わず手に取りたくなる柔らかくて温かい素材
羊の毛に焦点をあててみます。
羊の毛が私たちの生活に実は身近にあることを知り、
その素材の特性を感じ、加工する体験をしてみます。
お散歩で行った先で、自分の手に馴染む石を拾い
石と羊毛のコラボです。
written by OSAMU TAKAYANAGI