【にじいろWS 2024-05月】ぐるぐるドローイング

2024年5月19日 日曜日投稿


あなたが生まれて初めて描いた「線」は、どんな線でしたか?

こんな質問をされたら、あなたはどう答えますか。
「曲線、いや直線か?それともぐるぐるとうずまく円だったか・・・」
あまりにも遠い記憶のこと、ほとんどの人が「覚えてない」と回答するでしょう。
誰にしても、初めて描いた「線」なんて記憶に残らないほど幼いころのことです。
言い方を変えれば、それほど幼いころから人は「線」を描いてきたということです。

0歳~1歳児でもペンを握らせれば、そこからなにかを描き出します。
もちろんそれは画面を打ち付けるようなただの点々やなりゆきまかせの不規則な線で、お世辞にも「きれいに描けたね」などとは言い難いものでしょう。
それでも描くという行為は、どんなに幼くても自らの視覚を刺激し、指先に特別な感触を与え、明らかに身体になにかを残すものです。
その後は成長に応じて無自覚ながら丸、三角、四角といった輪郭線からジグザクや波のような連続性のある線などを描くようになり、4~5歳ともなれば意識的に視覚からとらえたものを線で描くようになります。
ちょうど当園でワークショップを体験する子どもたちがこの4~5歳ですね。

そこで今回のにじいろワークショップは、こうした「線」を描くということをテーマに、子どもたちにとっては原点回帰にも似た行為からアートとしての『ドローイング』を学びます。
傑作であろうと、愚作であろうと、ただの落がきやなぐりがきであっても、すべては一本の線からはじまるように、今回のワークショップも一本の線を描くところからはじまります。

『ドローイング(DRAWING)』とは美術用語で簡単にいえば、「線画」のことを意味します。単色の鉛筆やペンなどを用いて、線を引くように描かれた絵画などを指すときにも使われる用語です。

いろいろな筆のお話しと、自らの肌で感じた筆先の感触

まずは今回で2回目の参加となる年中クラス。
さすがに前回ほどの緊張はみられないものの、ホールに並べられたテーブル、片隅に置かれたたくさんの筆や絵の具と黄色い筆洗器、そして真白な紙の束などをチラチラ見ながら、今日はなにをするのかな、と落ち着かないようす。
早速子どもたちはそれぞれのテーブルに座りましたが、ソワソワ、きょろきょろ、やっぱりどこか不慣れなようす。
そんな子どもたちの前に、先生は筆のたくさん入った大きなケース持って座りました。

ケースのなかには、さまざまな種類の筆がぎっしり入っています。
短くて細い筆、長くて太い筆、そのまん中くらいの筆、筆先も丸いもの、やや四角いもの、柔らかそうなもの、硬そうなものなどなど。
先生はそんなたくさんの筆の中から大小さまざまなものを数本抜き出すと、
「この一番大きい筆は父ちゃん筆かな、その次の細身で小さいのは母ちゃん、そしてこれは兄ちゃん筆・・・」
そう言いながら子どもたちに1本1本種類の違う筆を見せていきました。
子どもたちは「父ちゃん筆だって~」と、先生が1本1本に名づけて掲げる筆を見て大笑いです。

「それじゃ、みんなにも筆を配ります」
そう言って、先生は保育士たちと筆を子どもたちに配りました。
全員に配り終えると、次に先生は1本の筆を取って、その筆先をおもむろに自分の顔に近づけるとサッサッと頬や鼻の頭、おでこなどをなで回しました。
子どもたちは一瞬その様にびっくりするも、すぐさまどの子も笑い転げてしまいました。
そして、子どもたちも先生の真似をして顔に筆を押し当てました。
「柔らかいなぁ、こりゃ硬い、ちょっとチクチクした、くすぐったいよ」など、子どもたちはさまざま感想を口にしました。
筆先から伝わるその感触は、筆の大きさや太さ、その種類によって変わります。
でも筆先の感触なんて、こうして自らの手や肌で触れながら感じとる以外にはわかりませんからね。

そこで先生は子どもたちにクイズを出しました。
「この筆先の毛は動物の毛からできているけど、その動物ってなーんだ?」
子どもたちは考える前に、知っている動物の名前を次々に出しました。
イヌ、ネコ、サル・・・何番目かに、「馬!」と声が上がると、なぜか確信を突いたと思ったのか多くの子どもたちが「馬!」と連呼しはじめました。
「そう、正解は馬です」その答えを聞いた瞬間、またまた子どもたちは大さわぎです。
ちなみに、タヌキ、イタチ、鹿、山羊などの毛も用途に応じて用いられます。なかでも馬の毛はたてがみ、胴毛(おなかの毛)、尻尾などほぼ全身の毛が筆先になるそうです。

何気なく使っている筆にもたくさんの種類があって、個性があって、感触もそれぞれ異なるということを自ら体感した子どもたちでした。
筆についてのお話しを聞いたら、次はその筆を使っての実践です。

ここ一番の真剣モードで、一本の線を黙々と描く子どもたち

先生はホールの端に用意した別の小さなテーブルに子どもたちを集めました。
テーブルの上には真っ白な用紙が一枚乗っています。
そして小さなパレットに絞り出されたブルーの絵の具と1本の筆。
先生はブルーの絵の具に筆を浸して、真っ白な紙の上部に一本の直線を端から端まで描きました。
そのまたすぐ下に、先に描いた線と平行になるように一本の直線を、これもまた端から端まで描きました。
さらにまたまたそのすぐ下にももう一本。
線と線の間はなるべく狭く、その間隔を保つように、ゆっくり、そしてどんどん描き足していきました。
真っ白だった用紙にみるみるブルーの直線が横に十数本並びました。
それはボーダーシャツのように、ブルーと紙の白とがきれいに並んだシマシマ模様です。
先生は黙って(集中して)線を描いていましたが、子どもたちもそれを静かに見つめていました。

「さあ、これをみんなにも描いてもらいますよ」と先生が言うと、さすがにこれは難しいぞ、という困った顔ばかり。
それでも子どもたちは各自のテーブルに戻ると、配られた真っ白な用紙にブルーの絵の具を浸した筆をしっかり握り、どの子も臆することなく一本の直線を描きはじめました。
ところがなかなか筆が進みません。
一本の直線を描くというのがこれほど大変なことは思わなかったのでしょう。
描いていくうちに線が太くなったり、細くなったり、だんだん曲がっていったり、いく本かの線が重なって色のかたまりになったり、均等に同じような直線をただただ画面に描くということに誰もが悪戦苦闘です。
先生はそんな子どもたちのテーブルを回り、筆の持ち方、扱い方を子どもたちにていねいに教えました。
筆でまっすぐな直線を何本も描くには、どうしても基本的な筆使いを学ばなければできません。特に年中クラスの子どもたちはワークショップで筆を使うのははじめてですから。
誰もが先生の言葉をしっかり受け止め、その動作を習得しようと一生懸命に取り組んでいました。

その様子を見ていた年中クラスを受け持つ柏木保育士は
「基本的な筆使いをこうして最初の段階で習うのはとても良いことですね。これからの二年間の基礎づくりのよういも思いますし、私も勉強になりました」
とにこやかな表情で話していました。

それにしても、今日はいつものにぎやかなワークショップと違い、子どもたちはここ一番の真剣モードで、一本の線を黙々と描いています。

少し横道にそれますが、今回単色をブルー(青色)にしたのにはワケがあります。
ワークショップの準備をしていた先生が、今回の色について
「ブルーという色合いは人の心を落ち着かせる効果があるんですよ。だから、動作が散漫にならず、なにごとにも心静かに臨めるということかな」
そう言いながらブルーのチューブから小さなパレットひとつひとつに絵の具を絞り出していました。
どうやら子どもたちのこの真剣モードは、そうした効果も手伝ってのことかもしれません。

そのうちに少しずつ先生が描いたお手本のように、真っ白な用紙に鮮やかなブルーの直線が何本も並ぶようになりました。
どの子もある程度一本の線を描きこめるようになったところで、先生はまた子どもたちをホールの端にある小さなテーブルに集めました。
先生はさっきと同じように筆を持つと、今度は真っ白な用紙の中央に小さな円を描きました。
最後は円を描くようです。確かにこれも一本の線からはじまります。
一本の線がゆっくり弧を描き、出発点と終点を結びます。
小さな円を描き終えると、すぐに小さな円の外側に最小限の間隔を保ちながら、次の円を描き足しました。
それからその円を包み込むように、またその外側に円を描いていきました。
こうして次々に円を描き足していき、真っ白な用紙の端のぎりぎりのところまで円を描き終えると、画面いっぱいに十数本の円がきれいに重なって表れました。

これもまた難しい課題ですが、本日のワークショップの総仕上げです。
子どもたちはそれぞれのテーブルに戻り、先ほどのような真剣なまなざしで目の前の真っ白な用紙に筆を下ろしていきました。
どの子も時間いっぱいまで、失敗を繰り返しながらも自分だけの円を何度も描き続けていました。

もはや1枚1枚が、幻想的な風景に誘う『ドローイング』の〈アート〉作品です

さて、年長クラスの子どもたちです。
はじまりは、やはり年中クラスと同様に筆の話しからです。
でも、年長クラスの子どもたちとはこんなやり取りから進みました。
先生は数本の筆を手の中に握り、目の前の子どもに好きな筆を1本選ばせました。
「当たりがでるかな?」
「当たりがあるの?」
そんなユーモラスな会話が交わされ、迷いながらも先生が握った筆の束から1本を引き抜くと、
「すごい、それは大吉だ!」
唐突にそう言われたことにきょとんとしながら
「先生、ダ・イ・キ・チって、な~に?」
これには先生も返答に窮していました。

そして筆の話しのあとは同じく実践に入りましたが、年長クラスの子どもたちは、年中クラスが最後に描いた円から描くことになりました。
ワークショップも二年目に入り、年中クラスの子どもたちと違って筆で描くことにも慣れているからです。
とはいえ、さすがに先生の描いたお手本のようにはいきません。
直線や好き勝手な線を描くならまだしも、同じ調子でいく重にも重ねて描く円となると、どの子も筆の運びに四苦八苦です。
それでも、年中クラスの子どもたちと同様に、真剣に、黙々と筆を走らせていました。

年長クラス担当の曽保育士は、前回の楽しくにぎやかな様子と一転して終始静かな雰囲気に少し戸惑いながらも、
「子どもたちが集中しているのがよくわかります。この課題は先生のお話をしっかり聞かないとできませんし、真剣に学ぶっていうのはすばらしいことです」
と全体の雰囲気を壊さないように小声で話してくれました。

しばらくすると、どの子も一本の線から生まれた円を、真っ白な用紙いっぱいにぐるぐると描くことができるようになりました。
次はいよいよ年長クラスの総仕上げです。
先生はまた子どもたちを集めてお手本をみせました。
最後の課題はふたつです。
ひとつ目は、同じ一本の線でも鋭角をもつギザギザの線です。筆1本で山、谷を繰り返しながら用紙の端から端まで描いていきます。
ふたつ目は、緩やかな波線で、これも同じく端から端まで描いていきます。
しかもこれらをひとつの画面のなかにできるだけ交互に、数多く収めていくというものです。
同じ形のギザギザや波線を何本も描いていくには一定のリズムで筆を運ぶことが大切で、これにはかなりの集中力が必要です。

時間をかけても慎重に、ちょっとの曲がりやはみだしは良しとしましょう、落ち着いて、ゆっくりと・・・どの子もそんなふうに自分に言い聞かせるように描き込んでいきました。
そして、ひとり、またひとりと最初のギザギザを描き終えました。
ほっと、ため息をもらす子も、満足そうな笑みを浮かべる子も、思うようにいかなかったのか残念そうに筆をおく子もいます。
それでも描き進んでいくうちに慣れて来たのか、ギザギザも波線も上手になり、一本の線を描く時間も短くなっていきました。

先生が当初思っていたよりどの子も早く課題をクリアしたので、さらにこんな提案をしました。
「みんな頑張って課題に合格したから(笑)、最後は三人一組で一枚の長い紙に好きな絵を線描きで描いて終わりにしましょう」
そう言うと、子どもたちは緊張の糸が解けたように、いつもの笑い顔に戻りました。
先生は障子紙を三人分(三枚分)の長さに切り分けて、それぞれのテーブルに配りました。
今度はどの子も迷うことなく、一斉に好きな絵を描きはじめました。
先生と保育士たちはその間、年中・年長クラスの今日描き上げた子どもたちの線画をホール床面の端にまとめて並べていきました。これだけの作品がひとつに集まると、ちょっとした美術館でのインスタレーションを模したようです。

最初に目に飛び込んでくるのは、あざやかな絵の具のブルーと紙の白さです。
そしてなにより、イキイキとした子どもたちの線画が躍動し、浮き立つように見えてきます。
どこまでもまっすぐに伸びていく直線の束。
ホールを吹き抜ける風にくるくると回りだす、いく重にも重なった円のうず。
そこに割って入るのがギザギザにとがった山並みと、海の真ん中でここちよく漂う波の動き。
黙って見ていると、そんな幻想的な風景の中に引き込まれそうになります。

これほどの作品に仕上がれば、もはや一枚一枚が『ドローイング』と称する範疇ですし、こうして作品がひとつにまとまれば、立派な大きな〈アート〉作品です。
最後に先生とこどもたち、そして保育士らみんなでそんな作品たちを鑑賞して終わりました。

今回で2回目の体験となった年中クラスのクラスリーダー三浦保育士は、
「同じ色と筆を使っているのに、1枚1枚の作品が個性的で、同じ作品がひとつもないのにびっくりです」
とただただ感心しきりでした。
そうです、このワークショップでは、10人の子どもがいれば10通りの作品が生まれるのです。
また年長クラスでクラスリーダーを務める松原保育士は、
「もともと絵を描くのが好きな子どもたちですが、普段はクレヨンやカラーペンなどを使っているので、こういう機会に絵の具や筆のことを知ったり、こうした基本的なことを実践できるのは子どもたちが一番望んでいることかもしれません」
作品を眺めながら、こう満足そうに話しました。

一本の「線」を描くことの大切さ、難しさ、その意味の重さを体感して欲しかった

にじいろワークショップを企画・指導する松澤先生は、今回のテーマについてこう話しました。
「ここのところにぎやかさ、楽しさを主体にしたイベント的内容が続いたので、あらためて〈描く〉ということ
にこだわってみました。
〈描く〉とはどういうことか、これはいたってシンプルな問いですが、その答えはとても難しいものです。
そこで、基本的なこととして、美術用語である『ドローイング』という言葉から一本の線を描くことをテーマにしました。
どんなに有名な絵画であっても、世界的に天才と呼ばれた芸術家であっても、すべては一本の線から描きはじめていきますからね。でもその一本の線がとても大切で、難しくもあり、重い意味をもつことになります。
なので、今回のワークショップは、そのことを教えるというより、まず自ら体感して欲しいと思いました」

はじめに筆について触れたのはなぜですか、と逆に質問をすると
「〈描く〉ということでいえば、筆は重要な道具のひとつですからね、これからあらゆる場面で必要になることでもあるので、あらためて基本的なこととして。
でもこれは知識として教えるというのではなく、筆1本にもいろいろな種類やつくりがあって、それによってどんな手触りをしているのかなど、こういう機会でもないと筆先を肌で感じることはないでしょうから。
あとは実践で使ってみて、扱い方次第で自分の思うように動かせることなどを手指に覚えさせればいい」
そんなふうに答えてくれました。それにしても筆1本の話しだけであれほど子どもたちに興味を抱かせるのですから、予想以上に記憶に刻まれたと思います。

先生はさらに続けて、
「描くという行為自体は0歳~1歳などからはじまりますが、その年齢の子が描くものは無意識に動かすからだの痕跡のようなものだと言われています。確かにそこに描かれるのは、意図的な絵画とはほど遠いものです。
そうしたことから一般的に、“視覚からものを的確にとらえることが、絵を描くことのはじまりだ”、とよくいわれますが、個人的には0歳~1,2歳児が無意識に描くからだの痕跡のような線などから、すでに描くことがはじまっているのではないかと思っています。
ただ周りが、年を追うごとにもの(カタチ)をとらえることに重きを置いていくようになります。
ですから、的確に対象物の輪郭を描いた作品はどうしても評価が高くなります。仕上がった作品を見て、少しずつ絵らしく見えていく方がその子の成長もわかりやすいですからね。
でもそういうことではなく、幼児期に見られたような、無意識にからだの動きから生じて描かれた痕跡を大切にしていくことも、本来そのもの(カタチ)が持つ線の美しさにつながるのではないでしょうか」

ここまで一気に話すと、先生は少し間をおき、
「当園の子どもたちは描くことに慣れています。それは当園が日ごろから絵を描く環境づくりにとても積極的で、かつ熱心に取り組んできた証しです。
そこでさらに子どもたちをどう指導していくかを考えたとき、もの(カタチ)をしっかりとらえて描くことも大事だけれど、敢えて自分の内なる動き、衝動というものに素直に従って一本の線を描いていくことも忘れずにいて欲しいと思います。
今回はそういう意味でも、単純な一本の線をいかに〈描く〉か、ということに終始しました。
単純な線を描くのは難しいものです。変に意図的にとらえて描くと“生きた線”にはなりません。
むしろ一本一本の線を無心に紡いで描いていく方が、いわゆる“生きた線”になるものです。
今回子どもたちが無心に描いたたくさんの線は、きっと今までのなかでもっとも個性的で、美しい線だったかもしれませんね」
そんなふうに笑顔で言いながら、今回のワークショップを締めくくりました。

ドキュメンテーション

絵を描くというと、ごくシンプルで簡単なことのように思いますが、実は結構複雑なことだと思います。
線がたくさん繋がって形や面が構成されます。
線の魅力に、描くという行為そのものに面白さを持ってくれたらと思います。

written by OSAMU TAKAYANAGI